2000年代初期の当時は、著名国立大学の大物教授が、大手企業の社外取締役兼職を認められなければ大学を辞す、という話題が大きく取り上げられていた。時あたかも、大学の社会性、産業界に開かれた大学人が求められるなかでの「事件」であった。
真夏の激論は、学部長が引き取った。「川村先生、本務たる講義・ゼミ並びに学内行政に支障が出ないこと、勤務時間の配当を正確に事前申告することを条件に、全学本部と協議します」
紆余曲折を経て、私の兼職は認められた。従前、大学教員の兼職は、他大学の非常勤講師や公的機関の委員程度しかありえないとされた時代、まして東京の対象会社からは遠く離れた長崎である。当時としては開明的な対応だった。
時を経て、いまやサラリーマンの兼職がブームになっている。各人の自己実現と収入増につながるものとして、おおむね好感をもって受け止められているようだ。コロナ下のリモートワークの定着がこの動きをさらに促進している。
政府も推進している。厚生労働省は、平成30年に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定し、今年7月にはその再改定版を公表した。ガイドラインは兼職の理由として、収入を増やす、活躍できる場を広げる、さまざまな分野の人とつながりができる、現在の仕事にも役立つ等々をあげている。判例も兼職は労働者の自由だとしており、各企業も原則として兼職を認めるべし、としている。労働法令や企業の就業規則もこの動きを支えている。
時代に即した、よいことずくめの兼職緩和に思える。しかし、実態は決して甘くないと思う。
兼職とは字義通り、本職と兼務する別の職務である。当然、当事者の仕事量は増える。いくら仕事の効率を上げても、兼職の時間は別途必要になるから私生活にも影響が出る。新たな稼ぎ口を開拓するのだから当たり前である。
また、何を兼業するか、も見極めておくべきだろう。比較的容易な五大兼職といわれる職種があるそうだ。ウェブ関連(データの打ち込みなど)、宅配スタッフ、フリマ販売、アンケート・モニター、自動車運転、だという。いずれも重要な仕事で昨今の社会生活に不可欠のものばかりではある。けれども決して楽な仕事ではない。というより、本職のある人間が兼職するだけの時間対効果や費用対効果があるものか、各人でじっくり検討しておいたほうがよい。