兼職を決めるその前に

川村雄介の飛耳長目


私自身は、この20年間、兼職を生業としてきた。大学時代もシンクタンク時代もそうである。面倒な兼職手続きを経て、本職以外に複数の仕事をこなしてきた。

ではどんな日々を送ってきたのか。朝は8時前に出勤し、終日本職に追われて主職場を出るのは18時過ぎ。そこから、本職がらみやネットワークづくりの会合がほぼ毎日入る。帰宅するのは大体22時前後。入浴後、一息ついてから、兼職のための調べものが0時半辺りまで。床に就くのは午前1時を回る。

土日はフルに兼職に充てる。調査、原稿、メールのやり取りと電話の連続だ。狭い書斎を出るのは食事と軽い散歩のときだけ。ゴルフも釣りもやれなかった。出張が旅行の代わりだった。幼い子どもたちは、父親の休日はいまでいうリモートワークの日と勘違いしていた。

金融・証券界の大御所であるX氏。20年前から他に先駆けて働き方改革を進め、女性活用の成果も上げてきた。改革派のX氏だが、兼職については両手を挙げての賛成ではない。「本職に全力で取り組んだら、兼職するパワーが残っているかな。それより、本職の給料を増やすことのほうが大切じゃないか。会社は兼職を勧めるより、本職の報酬を引き上げることに努力したいね」。

X氏の見解は説得力がある。私個人は、兼職すべてが有機的につながり、全体としてシナジー効果を上げられたと感じている。上首尾にやれたほうだと思う。でも、代わりに私生活を差し出してきた。ここは各人の価値観によるだろう。

兼職は検討に値する。ただし、心得を二つ申し上げたい。「アブハチ取らずになりませんか」、そして「あっちの水が甘いとは限りませんよ」である。


川村雄介◎一般社団法人 グローカル政策研究所 代表理事。1953年、神奈川県生まれ。長崎大学経済学部教授、大和総研副理事長を経て、現職。東京大学工学部アドバイザリー・ボードを兼務。

文=川村雄介

この記事は 「Forbes JAPAN No.098 2022年10月号(2022/8/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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