植野:大手術をどうやって成功させたのでしょう。
小寺:発想を切り替えました。ソニー本来のカルチャーだと、どんなビジネスも自前で全部やりたい気持ちが強いんですね。
でも、社外のクラウドプロバイダーやテクノロジーカンパニーと対話を重ねるうち、自分たちの力だけじゃなく、パートナーの力を最大限に生かせる会社にならなければスケーラブルに変われない、と気づいたことが大きいです。
植野:自前主義からパートナーシップ重視、ハードからソフトへと対極です。よくぞ変われましたね。
小寺:この30年間で「ソニーがエレキの会社からエンタの会社に変わった」とよくいわれますが、私は「ソニーがエクスペリエンスの会社に戻った」と感じます。
そもそも創業の根底には「感動を追求する」というカルチャーがありました。平井がリーダーシップを取り始めたとき、あらためて「感動」にハイライトを当てた。それを吉田も受け継ぎ「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパスを定義したのです。
ビジョン経営を超えろ
植野:世間では、美辞麗句の作文でパーパスをつくれば会社が生まれ変わる、という幻想をもつ人がいます。「パーパスおじさん」と呼ぶらしいですが(笑)、そうした勘違いとソニーのパーパスは異次元な気がします。何が違うのでしょう?
小寺:トップ自身がパーパスを信じきることではないでしょうか。吉田の場合、パーパスと「人に近づく」という言葉を社内で繰り返し用いました。会議の発言など、あらゆるコミュニケーションで発するフレーズに絡める。そのうち聞き手の心に響いてくるんですね。自分たちがやっていることは、人に近づいているんだろうか、人に貢献しているんだろうか、人を喜ばせているんだろうか。そんな具合に自問自答するようなカルチャーになりました。
植野:10億の「人」と常時つながったときのソニーの姿が、経営陣はリアルに見えているのですか?
小寺:正直、それは難しいです。でも、メガトレンドを見たとき、次のオポチュニティ(好機)となりうるエリアはここだろう、という議論を常にしています。
以前はモバイルだったのが、モビリティに移った。では、メタバースはどうか。こうしたトレンドをグループそれぞれの視点から見ると、同じ景色であっても見え方が少しずつ違います。いまのステージで拙速に見極めようとしたり、統合したりせず、トライアンドエラーを通じて学ばなくてはいけない。そうやって学ぶうちに新しいメガトレンドにおけるソニー固有のポジションを築けると思っています。
植野:計画しすぎないということですよね。
小寺:決め打ちすると、何かがあったときにピボットできなくなることもありますから。ただ、このあたりが次のオポチュニティだよね、という意識をしっかり共有しておくことは大事ですね。