銀座で一冊の本を売り続ける書店主──北野唯我「未来の職業」ファイル

写真=桑嶋 維

あらゆる職業を更新せよ!──既成の概念をぶち破り、従来の職業意識を変えることが、未来の社会を創造する。「道を究めるプロフェッショナル」たちは自らの仕事観を、いつ、なぜ、どのように変えようとするのか。『転職の思考法』などのベストセラーで「働く人への応援ソング」を執筆し続けている作家、北野唯我がナビゲートする。


北野唯我(以下、北野):なぜ、週替わりで1種類の本だけを扱う書店を始めたのでしょう。

森岡督行(以下、森岡):以前の店で15年ほど前、新刊の刊行記念展をやったら、その本のためにかなりお客さんが来てくださいました。そういうスタイルで喜んでくれる著者やカメラマン、編集者やデザイナーがいるなら、これで十分なんじゃないかと。

誰もやっていない書店だろうと思いましたが、本当に誰もやっていないスタイルだったんです。世界中からお客さんが来てくださったり、いろんな出会いが生まれたりして、自分の仕事の範囲もグッと広がっていったと実感しました。

北野:本を選ぶときは、どんな基準で「今回はこの一冊でいこう」と決めますか?

森岡:売り上げも考えますが、基本は「その本が好き」とか「その著者が好き」といった単純な動機です。あとは、まるで知らない本、関心のない分野でも「ちょっとやってみたいな」と思うときがありますね。自分の知らない世界を知りたいんです。


「森岡書店 銀座店」 (東京都中央区銀座1−28−15) 写真家・名取洋之助が率いた 編集プロダクション「日本工房」 が事務所を構えたことで知られ る鈴木ビル(1929年築)1階の 店舗。2022年6月第4週、押尾 健太郎写真集『PLOUGH YARD 517』出版記念展が催されていた。

北野:渋谷や新宿、池袋や六本木に、この「一冊の本を売る書店」があってもイメージが違いますね。

森岡:物件との出合いでこの場所に決めましたが、街から受ける影響は大きかったです。

北野:僕、銀座にはまったく親しみがなくて。

森岡:私も山形から東京に出てきましたから、銀座に縁もゆかりもありませんでした。お金なんて最初からないので、用もないですし(笑)。でも、ここに来たことで「銀座っていいところだな」と知りました。

近所のすし屋や天ぷら屋に行っても、本当に繊細な手仕事から生まれる味で「これまで自分が食べていたものは何だったんだ!」と。握る姿、揚げる姿も格好いいし、何代も受け継いできた手技や言葉といったものにお金をちゃんと出す人が支えている。「職人の街」という姿が自分なりに見えてきて、それがいいなと思いました。

北野:街の本屋の佇まいは不思議ですよね。その土地の磁場になっている、土着的なビジネスだという気がします。

森岡:自分は書店を24年間やっていますが、比較的、その土地の人々が自由に入ってきやすい場所という特徴があります。地元の人々との仕事も生まれやすい。銀座でも「MUJI BOOKS」さんとの仕事、資生堂さんとの仕事など、お客さんとして来てくださった人たちにいただいたものです。その過程で、また「銀座のよさ」を体感できました。
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文=神吉弘邦、北野唯我 写真=桑嶋 維

この記事は 「Forbes JAPAN No.097 2022年9月号(2022/7/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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