COLUMN インタビューを終えて
街には街のイメージがあり、そして役割がある。それがブランドをつくる。私は普段からそう思っている。
普通「銀座」と聞くと、どんなイメージを抱くだろうか。高級感がある? 商業施設が多い? あるいは「日本一地価が高い場所」と答える人もいるだろうか。
だが、彼はこう断言した。「銀座は職人の街」と。私は恥ずかしながら驚いた。なぜなら、普段は東京23区の西側・渋谷で働き、生活する私からすると、銀座=職人の街というイメージがあまりなかったからだ。
しかし、冷静に観察すると、確かにそうだ。銀座には夜と昼、あらゆるジャンルの職人技術が日本中から集まってきている。だから圧倒的に時間単価が高くなる─。そう考えると納得できた。
さて、一冊しか売らない本屋「森岡書店」の店主・森岡督行氏。彼のキャリアは、まさに「街で決まっていった人生」である。
神保町の古本屋からキャリアが始まって、独立準備のプラハとパリでの買い付け、茅場町での営業を経て、新たに銀座での開業。節目ごとの新しい仕事が、いつも「街」から生み出されているのだ。
では、いまこの街にひもづく仕事、具体的には「銀座の書店を営む魅力」とは何か?彼はこう言った。それは「街の裏側を覗けること」だと。
いわく、ある程度の敷地面積を使う書店というビジネスには、自然と人が寄ってくる。観光客以外にも、ぷらっと普段から地元の人が訪れる場所になる。しかも、そこには一度に一種類の本しか置かれていない。必然的にお客さんたちは、店主や、展覧会の開催者、お客さん同士の対話を楽しむことになる。天ぷら屋の主人。すし屋の大将。彼らは、この書店に「対話」を求めてぷらり訪れるのだ。
実は「たった一冊の本を売る」というのはとても技術が必要なことだ。目利きに自信がないとできることではない。
商品やサービス、料理に至るまで、たくさんの機能を添加物のように付け加えるのは簡単だ。だが、ホンモノの味は常にシンプルである。そう考えると、彼が職人の街に引き付けられている謎が解ける。なぜなら、彼自身が職人そのものだからだ。
銀座という街の裏側を覗き、「選書」という技術、「場所づくり」という技術を極めた人物。その森岡さんこそ、いまや銀座の職人のひとりである。そう感じた取材だった。
森岡督行◎1974年、山形県生まれ。森岡書店代表。98年に東京・神保町「一誠堂書店」入社。2006年、古書店兼ギャラリー「森岡書店」(東京・茅場町)として独立。15年に「一冊の本を売る書店」をコンセプトに「森岡書店 銀座店」を開店。著書に『荒野の古本屋』『800日間銀座一周』ほか。イラストレーターの山口洋佑と共著の絵本『ライオンごうのたび』が全国学校図書館協議会「2022えほん50」に選出。小学館「小説丸」で「銀座で一番小さな書店」、資生堂「花椿」オンラインで「銀座バラード」を連載中。
北野唯我◎1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役CSO。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『内定者への手紙』ほか。近著は『仕事の教科書』。