なぜ、ロシアは行動に移す前の段階で、「ヘルソン市からの撤退」を公にしたのか。自衛隊関係者の1人は「それだけ、ロシア国内の雰囲気が厳しくなっているということではないか」と語る。「ロシア軍は、部分動員令で集めた30万の新兵をろくに訓練もしないで、前線に送り込んでいるという情報も流れている。ロシア軍の内部で高まる不満を抑えるため、無茶な戦いはできなくなったということだろう」。米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長も9日、ウクライナで死傷したロシア軍兵士が10万人を超えたとの見方を示した。今年2月の侵攻開始当初、ウクライナ国境付近に集結させた兵力約15万人の6割を超える数値だ。
スロビキン総司令官もテレビでのコメントで、ヘルソン市への補給が不可能になったと説明。ドニプロ川東岸まで撤退することで「ロシア軍兵士の命と部隊の戦闘能力を守ることができる」と語った。ヘルソン市からの撤退を告げたショイグ氏やスロビキン氏らの発言は、前線で戦うロシア軍兵士やロシア国民に向けたものだったと言えそうだ。
ヘルソン市は、ロシアのプーチン大統領が9月に一方的に併合を宣言した4州の一つであるヘルソン州の州都だ。ロシアは、4州とクリミアを現状維持したまま、停戦に持ち込みたい考えだったとみられる。最近も、「汚れた爆弾」を巡る発言など、「核の脅し」を引っ張りだしてまで、北大西洋条約機構(NATO)によるウクライナ支援の意思をくじこうと躍起になっていた。ヘルソン市からの撤退がプーチン氏の目論見が崩れる大きな打撃になることは間違いない。
ただ、「ドニプロ川東岸に防衛線を作る」というショイグ国防相やスロビキン総司令官らの宣言は、「長期戦に備える」という決意表明でもある。ウクライナ軍が橋が落ちたドニプロ川東岸地域まで兵を進めるのは簡単ではない。これから冬になれば、ロシア軍だけでなく、ウクライナ軍も厳しい戦闘環境に置かれる。ウクライナと西側諸国にとって、いよいよ、これからが正念場になるのかもしれない。
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