元陸上自衛隊幹部は、ロシア軍のヘルソン市撤退について「納得できる点と納得できない点がある」と語る。まず、撤退そのものについては「納得できる」という。ヘルソン市はドニプロ川の西側にある。ウクライナ軍の反攻作戦により、ヘルソン州を東西に分けるドニプロ川にかかる橋は爆破された。ヘルソン州を攻撃するロシア軍はクリミア方面からの補給に頼っていた。ドニプロ川にかかる橋がなくなり、川から西側地域への補給が非常に難しくなっていた。元幹部は「陸上戦闘は地形が非常に重要だ。守りやすい場所まで下がるのは、理解できる」と語る。実際、ウクライナでの軍事作戦を指揮するスロビキン総司令官も、テレビ局へのコメントで「現況を総合的に検証した結果、ドニプロ川の東岸に防衛線を設けるよう提案した」と語っている。
一方、「納得できない」点もある。元幹部は「なぜ、ロシアは事前に撤退宣言をしたのか、理解に苦しむ」と語る。「撤退戦は非常に難しい戦いだ。撤退する方向に支援部隊を配備しておき、その地点に向けて順番に撤退させる。撤退が完了したら、今度はその支援部隊を後方に移す。ただ、撤退する場合は、兵力が損耗し、兵士が弱っているケースが多い。敵が追撃してくる可能性もある」。実際、ウクライナ軍が8月末から反転攻勢に出た際、ウクライナ東部のハルキウやイジュームなどを占領していたロシア軍は撤退戦に失敗。混乱した兵士らが我先に逃げ出して、壊滅的な打撃をこうむった。元幹部は「敵の追撃戦を防ぐためには、なるべく隠密裏に撤退するのが兵法の常道だ」と語る。
ロシアがこうした軍事の常識から外れた行動を取ったため、「陽動作戦ではないか」という疑いの声が、ウクライナから上がったと思われる。あるいは、米英などが、ロシア軍にそのような欺瞞作戦の兆候があるとウクライナに通報していたのかもしれない。ただ、サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は10日、ヘルソン市からのロシア軍撤退の兆候をつかんだとも発表した。