発掘刊行されたポール・オースターの私立探偵小説「スクイズ・プレー」

(Chris Lee/St. Louis Post-Dispatch/Tribune News Service via Getty Images)

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突然ともいえる巨匠ジャン=リュック・ゴダール監督の訃報は、その死が自殺幇助(一部の国や地域で認められている医師の力を借りた合法的な自殺)によるものだったこともあり、瞬く間に世界を駆けめぐった。

しかしゴダールといえば、この春、わが国の読書界を沸かせる出来事もあった。

「勝手にしやがれ」(1960年)とともに、ヌーヴェルバーグの金字塔とも言われる「気狂いピエロ」(1965年)の原作小説が、日本での映画公開から55年目にして、初めて翻訳紹介されたのだ。

作者のライオネル・ホワイトは、スタンリー・キューブリック監督の「現金に体を張れ」(1956年)の原作者としても知られるアメリカの犯罪小説作家だが、そもそも「気狂いピエロ」には原作のクレジットがない。ゆえに原作小説が存在したこと自体に驚いた読者も多かったに違いない。

大リーグにまつわる私立探偵小説


その「気狂いピエロ」の帯には、〈海外名作発掘 HIDDEN MASTERPIECES〉という見慣れないロゴマークがあった。どうやらそれは、新潮文庫が立ち上げた新たなプロジェクトのものだったようで、8月にはその第2弾としてドナルド・E・ウェストレイクのユーモアたっぷりの犯罪小説「ギャンブラーが多すぎる」が出た。

小説「気狂いピエロ」は1962年に発表された作品だが、こちらも1960年代(1969年)の作品で、新プロジェクトが謳う「知られざる名作」に相応しい逸品だった。そして、ここにご紹介するポール・ベンジャミンの「スクイズ・プレー」は、その第3弾にあたる。



作者の名前に心当たりのない読者がいても不思議はない。実はポール・ベンジャミンは、あの現代文学の人気作家ポール・オースターの別名なのだ(ベンジャミンは本名のセカンドネーム)。

オースターといえば、1980年代半ばに発表したニューヨーク3部作(「ガラスの街」「幽霊たち」「鍵のかかった部屋」)が注目を集め、アメリカ文学の旗手に躍り出た作家だが、それに先立つ1970年代後半に、後のポストモダンな作風とはいささか異なる、このような作品を発表していたのかと驚かされる。



ニューヨークでしがない私立探偵業を営む私ことマックス・クラインのもとに、元メジャー・リーガーのジョージ・チャップマンから依頼が舞いこんだ。並外れた打棒でチームをワールド・シリーズ優勝に導いたスター選手は、夫人のジュディスとともに世間からセレブと持て囃されるが、その栄光のさ中に車の追突事故で片足を失った。

しかしその後、自らの経験を綴った著作が当たり、政界進出をめざして第二の人生を歩もうとしている。そんな矢先に届いた脅迫状には、5年前に選手生命を絶たれた事故に触れ、その時の約束を守れと書かれていた。当人のチャップマンは心当たりなどないと断言するが、上院選への出馬を揶揄し、内容には殺意も感じられた。

かつて検事補の職にあったマックスは、当時の伝手をたどり、5年前の事故とマフィアのボスとの繋がりを突きとめる。一方、共著もある友人の大学教授や選挙がらみの政治家、かつて所属した球団のオーナーら依頼人の身辺で聞き込みを始めると、事務所にチンピラの2人組が現れ、5000ドルで手を引けと脅される。さらにその直後、訪ねてきたチャップマン夫人からは夫婦の荒んだ内情を聞かされることに。
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文=三橋 曉

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