「スクイズ・プレー」とは野球用語で、相手チームの意表を突き、サードベース上のランナーをバントで生還させる戦法のことだが、脅迫や窮地という意味もあり、銃の引き金を引くといった使い方もある。タイトルからも窺えるように、本作はプロ野球リーグとしては世界最高峰のMLB(メジャー・リーグ・ベースボール)こと大リーグの世界が背景にある。
小説の世界では、ちょっと懐かしいポール・R・ロスワイラーの「赤毛のサウスポー」をはじめ、ウィリアム・デアンドリアの「五時の稲妻」やマイクル・Z・リューインの「カッティングルース」など、大リーグにまつわる作品が少なくない。
しかし、映画好きの野球ファンとしてはロバート・ミッチャムがフィリップ・マーロウを演じた映画「さらば愛しき女よ」(1975年)を忘れるわけにはいかない。レイモンド・チャンドラーの原作にはない、ヤンキースのジョー・ディマジオが1941年に打ち立てた驚異の56試合連続安打記録を見事に作品に織り込んでいるからだ。
作家が雌伏の時期の作品
この「スクイズ・プレー」の主人公で、ユダヤ人探偵のマックス・クラインにも、実は大学時代に野球の経験がある。依頼人とはアイビーリーグの試合で対戦したこともあったが、その後ロースクールへ進学。地方検察局に入るものの、職務上の信念の問題で上司の検事と折り合えず、ドロップアウトして人探しで糊口をしのぐ日々を送っている。
おそらくそんな主人公の境遇は、執筆当時の作者自身の投影でもあるのだろう。本作が書かれた1970年代は、作家オースターの雌伏の時期であり、経済的な問題を抱え、当時の妻との関係も拗れていた。順風満帆とはいえない生活を支えるため、文学的な志を一旦棚上げしても、まずは売れるものを書かねばならなかったという台所事情が窺える。
一方、1970年代といえば、ダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルドのいわゆるハードボイルド御三家や、ミッキー・スピレーンらが築いた私立探偵小説の系譜を後継する作家たちが相次ぎ登場。日本でも読者の多いローレンス・ブロックやロバート・B・パーカー、ジェイムズ・クラムリーら次世代の書き手たちが活躍を始めた時期にあたる。有望な新人作家たちの勢いにあやかろうという思いが作者にあったとしても、少しも不思議ではない。