日本の伝統産業のブランド化 ドイツと二人三脚で取り組んだ12年

suzusanCEO / クリエイティブディレクター 村瀬弘行

日本の企業が世界に出るときに足りないものは何か。そのひとつが“クリエイティビティ”だとしたら、どうしたら乗り越えていけるのか。

Kitchen & Companyの中道大輔がナビゲートするPodcast「VISION TO THE FUTURE」とForbes JAPANがコラボレート。国内外で活躍する“視点”のあるゲストとともに、考え、発信していく。

9月12日配信は、愛知県名古屋市の有松に400年以上伝わる「有松鳴海絞り」の技術を生かし、ファッションからインテリアまで幅広く手掛けるブランド「suzusan」のCEO兼クリエイティブディレクターを務める村瀬弘行がゲスト。ドイツ・デュッセルドルフを活動の拠点とするまでの経緯、ブランドのスタンスを聞いた。


中道:今回のゲストは「suzusan」のCEO兼クリエイティブディレクターの村瀬弘行さんをお迎えしてお届けしたいと思います。

村瀬さんは1982年に名古屋市で生まれ、ドイツのデュッセルドルフに在住です。2003年に渡欧され、イギリスのサリー美術大学を経て、デュッセルドルフ国立芸術アカデミーの立体芸術および建築学科を卒業されます。

5代続く家業である有松鳴海絞りの魅力と産地の衰退を知り、在学中の2008年にデュッセルドルフでsuzusan e.K.を立ち上げ、現地法人化しています。オリジナルブランド「suzusan」をスタートさせ、現在はインテリアとファッションを軸に世界展開されています。

まず、名古屋から渡英した経緯を教えてください。

村瀬:今はドイツのデュッセルドルフに住んでいます。20歳で日本を出て先月で40歳になったので、人生の半分を日本から離れて暮らしていますね。

元々は日本の大学を目指していて。高校生のときはアートをやろうと、東京の大学の彫刻学科に入るために、毎日デッサンを描くなど練習をしていました。ただ、現役、1浪と受験とするも、入れてくれませんでしたね。2回目は手応えもあったのですが、東京へ合格発表を見に行ったら自分の受験番号がなく、「あれ」と。

そのときに18歳でちょっと生意気だった僕は、「自分がいけないんじゃなくて、日本の大学がダメだ」と思い、海外に行こうと考えました。

中道:それまでは一切考えていなかったんですか?

村瀬:はい。でも、名古屋へ帰る夜行バスの中では、もうどの国に行こうかと考えていました。17歳の頃、父親がサンフランシスコに連れて行ってくれたのが初めて海外だったのですが、「すごい面白い場所だ」と圧倒されました。そのイメージが頭に残っていて、繋がったんだと思います。

当時は英語も全然喋れなかったので、ただ漠然と、「外国に行ってアートを勉強しよう」という考えだけ。それから調べて、イギリスに決めたのも「イギリスの音楽が好きだった」という理由からです。

もちろんアートも好きで、名古屋にあったブリティッシュ・カウンシルにたまにいらっしゃる大学の先生が面接してくれると知り、自分でポートフォリオを作って見せにいきました。すると、先生がバーっと見て、「うん、合格」と。

日本の大学に入ろうと2年も苦労したのに、イギリスの学校にはその場で合格。ファンデーションコースも飛び級で、BA(芸術学士)から始めることを許可されました。
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文=小谷紘友 編集=鈴木奈央

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