指針では、全項目を開示する必要はなく、「自社の戦略に沿う項目を選択すればよい」とされているのですが、経営戦略を人的資本の戦略に落とし込む段階で、多くの企業が壁にぶつかっているのが現状です。とりあえずできることとして、自社にある人的資本関連のデータを集めて整理するところで終わってしまっているのではないでしょうか。
では、人的資本の情報開示を進めるにあたり、どんな点に着目して考え始めればいいのでしょうか。
私たちが重要なポイントとして考えるのは、以下の2点です。
● 一貫性のあるストーリーを伝える
● 情報開示を機にステークホルダーと対話を始める
自社の経営理念、人的資本において大切にしていることを明確にした上で、それにもとづく施策や取り組みを一貫したストーリーで展開し、開示していくことが重要です。たとえば「気候変動」のテーマであれば、二酸化炭素(CO2)排出量という明確な指標があります。一方で人的資本に関する情報は多様であり、いくつかのデータだけでステークホルダーに状況を伝えるのは困難です。自社の経営理念に紐づく人材マネジメントポリシーや戦略を伝え、そのうえで人的資本への投資や取組みをデータと共に示していく必要があるのです。
「一貫性のあるストーリー」をわかりやすく見せている好例の1つが、日立製作所の「日立サステナビリティレポート」です。人的資本への取り組みについて、「Why(なぜ取り組むのか)」「What(何に取り組むのか)」「How(どのように取り組むのか)」に分けて整理し、解説しています。
●人的資本の開示例:一貫性のあるストーリー
(日立製作所サステナビリティレポートより抜粋)
情報開示を機に、ステークホルダーとの対話を始める
人的資本の情報開示において、「一貫性のあるストーリーを伝える」ことと同時に重要なのが、「ステークホルダーとの対話」です。人的資本経営の情報開示は「投資家・株主」を意識しがちですが、社内外の多様なステークホルダーが対象となります。情報開示だけに終わらず、それをもとに対話を行い、その意見を戦略へフィードバックしていくサイクルを目指すべきでしょう。
「社員との対話」の体制を築いているのが、花王です。グループの方針・戦略・目標の情報を共有する「花王フォーラム」と各職場の社員が、厚生委員会や社員代表による懇親会などを介してつながり、対話を行っています。