もの好きあるいは凝り性な人種の間には、昔から揺るぎないゲルマンブランド神話が存在する。実名を挙げれば、例えばクルマの世界には“ジャーマン・スリー”と呼ばれる御三家(メルセデス・ベンツ、BMW、アウディ)に加え、ポルシェやフォルクスワーゲンがある。
他にもスーツケースのリモワ、筆記用具のモンブランやペリカン、刃物のツヴィリング、カメラや光学機器のライカやカールツァイスなど、いずれのブランドも機能的にも美観的にも優れた製品を数多く世に出している。
その背景にあるのは、ドイツで13世紀頃に始まった職人育成のためのマイスター制度であり、また第一次世界大戦後にワイマールに設立された教育機関バウハウスであるという話になるのだが、すでに語り尽くされてきているのでここでは割愛する。繰り返すまでもないが、つまりドイツには世界を席巻する高い科学力と技術力、そして人々を魅了するデザイン力があるという話である。
蛇足だが、ドイツにはまた卓越した芸術がある。音楽ではバッハ、ベートーヴェン、ブラームス、ワグナー、文学ではゲーテ、ヘッセ、マン、シュトルム、ニーチェ、芸術ではデューラー、クラーナハ、フリードリッヒ、リヒターといった数多くの巨匠たちが歴史にその名を連ねている。
ゲルマンブランドの魅力は、単に性能的に優れているだけでなく、芸術という深淵にして汲み尽くすことのできないインスピレーション源をもつところにもあるのだろう。
ゲルマンウォッチの矜持、グラスヒュッテ・オリジナル
ゲルマンブランドを愛用する者たちの間でも、意外なまでに浸透してこなかったのが時計の分野である。スイスウォッチがデファクトスタンダードとなっているがゆえに、その陰に隠れてマイナーな存在としての地位に甘んじてきたからだろう。
だが、ゲルマンブランド愛好者である筆者は今回あえてそこに着目した。スーパーメジャーとしてのロレックスがある一方でのスーパーマイナーはどこか? 他人と滅多に被ることのない、けれども自分の審美眼を表す分身として、長く愛することのできる本物──その答えの一つとしてのグラスヒュッテ・オリジナルを紹介したいと思う。
グラスヒュッテ・オリジナルの歴史は、ドイツ・ザクセン州の山間の町、グラスヒュッテの時計づくりの歴史に重なる。かつて銀鉱山の採掘で発展を遂げたこの町に新たな産業を興すべく、ザクセン州と有志が手を携え、1845年にいわば地域再生事業としての時計づくりを始めたことが起源となった。
もともと手工芸のあったこの町の住民たちは時計づくりの高度な技術を習得し、独立した時計職人となって各々の工房を開いていく。グラスヒュッテはやがて、優れた品質の時計によって国内はおろか海外にも広くその名を知られるようになり、1878年には技術の伝達と発展を目的としたグラスヒュッテ ドイツ時計製造学校が設立される。若い時計師を育てることによる地域再生が、いよいよ本格的に始動していくための大きな飛躍であった。