「富裕層向けインバウンド」の文脈で語られるラグジュアリーは、今のところ、「特権」「権威」「非日常」「神秘」の価値を重んじる旧型ばかりが想定されています。
もちろん、それはそれでよいことだと思います。1点3億円のネックレスが一カ月に1~2本売れれば成り立つ宝石店のように、一組一回の滞在で施設とその周辺に1~2カ月分の利益が出るとなれば、重要なビジネスです。
一方、新しいラグジュアリーを求める次世代層にこれは刺さりにくいという懸念があります。日本の観光業における新しいラグジュアリーを考えるとしたら、別の視点もあるのではないか。それはいったい何なのかと考えながら旅しておりますが、新潟・南魚沼市の「ryugon」にその可能性のひとつを見ました。
ryugonについては先月も少し触れましたが、今回は、そのプロデユーサーである「いせん」代表取締役の井口智裕さん、ブランディングディレクターの「N37」代表のフジノケンさんに詳しいお話を伺いました。井口さんは、新潟、長野、群馬の3県7市町村で構成される雪国観光圏という一般社団法人の代表理事も務めています。
次世代を対象とするインバウンドのラグジュアリーは、どのようなビジョンをもって構築していけばいいのでしょうか?
ザ・旅館との決定的な違い
中野:200年前の庄屋や豪農の館を移築した民族建築を現代感覚でリノベしたryugonには、伝統との接続のしかた、地域との共生のあり方を含め、新しいラグジュアリーの可能性を感じました。そもそも、2020年に「龍言」あらため「ryugon」としてオープンされたとき、どのような方向を目指していらしたのですか?
井口:これからの観光は、地域の暮らしや文化を体感できるような、地域全体を一つの文化圏としてとらえる活動として考えていくべきだと思っています。その際、重要になるのはそれを体感できる場所です。たまたま南魚沼市に温泉宿「龍言」という旅館があって、これがフラッグシップとなるだろうなと思って再生を引き受け、「ryugon」として生まれ変わらせました。
ryogon 共有スペース
フジノ:目指したのは、快適性と地域らしさがなめらかにつながった新しいラグジュアリーです。キーワードは「ユニバーサル」「ローカル」「サステナブル」です。
井口:日本に昔からあった古典的ラグジュアリーをリノベするなかで、ホテルとしてのクオリティは保ちつつ、地域らしさをどう表現するかが課題でした。グローバルに通用するラグジュアリーと地域らしさとはある意味、離反するところがあります。それをどう宿の中で両立させ、表現するかはプロジェクトの根幹の部分にありました。また、「雪国観光圏」の世界観を、ryugonという場所で表現することも目指しました。