中野:ラグジュアリーと地域らしさは、これからは、離反するどころか不可分だと思います。新しい豊かさとして印象深かったのが、広いパブリックスペースです。温泉旅館には珍しい。
井口:日本の温泉旅館はロビーが狭くて、部屋を出ると居場所がなくなるのです。でも私たちは、自由な空気感と自発的なコミュニケーションの場として、地域の人とも絡めるようなパブリックスペースが重要と考えました。
「籠る」「文化体験」「交流」を気分で選択できるよう、土間、プライベート観のあるソファ、オープンなバー、ガーデンテラスなど、バリエーションを増やしました。お客様の満足度はタッチポイントの多さで決まりますから。なかでもバーを中心に据えたところが画期的だったと思っています。
ryugon パブリックスペースのバー
中野:居場所の選択肢が多いので、滞在中、飽きないのです。バーではすべての宿泊客に夕方は梅酒や日本酒、朝は飲み物にベーカリー製品がふるまわれていましたね。高価な料金を払った客のみ利用できるクラブラウンジ制を設けず、すべての宿泊客に「上」「下」の差をつけないラウンジサービスがあるというのは、ミレニアルズやZ世代に支持されそうです。結果、ラウンジはさまざまな楽しみ方をするゲストでにぎわい、開放的な雰囲気が生まれています。
フジノ:共有スペースを広くとることも、サービスを分け隔てなくおこなうことも、ユニバーサルという観点に立っています。これを愚直に表現しました。
町の人々との交流と大自然の中の隠れ家感
中野:家具や照明、パンフレットにいたるまで独創的で、一貫した美意識を感じました。しかも、目に入る外の景色が全て、美しい。一歩、建物の外を出たら普通の町、日常なのに、宿の中にいる限り自然の景観しか目に入らないよう設計されています。
フジノ:そうなんです。ryugonが町のなかにあることは、従来の感覚ではデメリットでした。籠るスタイルの高級施設といえば、孤絶した環境のなかにある隠れ家という常識がありましたから。でも、私たちはこれを逆転できる、と考えたのです。プライベートな空間なのに、すぐ近くに町がある。快適性と地域らしさが両立している。これを長所としました。
中野:まさにその点が、宿の良い記憶となっています。朝、周辺を散歩すると、ご近所の方がごくあたりまえに挨拶をしてくれるんです。田んぼや畑も手入れが行き届いており、鴨が地元の人に餌を与えられて悠々と泳いでいる。予想外のいい光景に出会えて、豊かだなあ、と感じ入りました。
坂戸城跡がある坂戸山もちょっと歩いてみようと気軽に入ったのですが、登山レベルで焦りました(笑)。でも、途中に神社や鳥居などのスピリチュアルスポットも多く、異次元世界を旅したような感覚で山を下りてくることができます。
井口:行って初めてわかる地域の魅力です。ふらっと歩いたら神社や田んぼがあり、住む人の豊かさが発見できる。「龍言時間」とも言っていますが、そういうことを感じ取れるリテラシーのある人に来てほしいのです。