ビジネス

2022.07.14

DXよりも人間味。コロナ禍を乗り越えた欧州のバイヤーたちの教え

2022年6月、フランクフルトの老舗ブティックFifty-Eihigts。この日も地元のお客さんで賑わっていた

今、この原稿をフランクフルトの空港で書いています。多くの人が行き来をしていて、様々な言語が聞こえてきます。免税店ではお土産やブランドのバッグ、時計を買い求める人たちを目にして、世界が動き出しているのを肌で感じます。

コロナ禍の2年半で、日常生活も様変わりしましたが、とりわけ社会を移す鏡であるファッション業界は大転換の時期となりました。コロナの感染拡大が世界規模で始まってから、パリやミラノ、ニューヨークなどの各都市で年に2回開催されるファッションウィークも完全にストップしていました。

2020年の1月、僕はニューヨークにいて、「中国で新しいウイルスが発生して街を封鎖しているみたいだよ」という話を耳にしたのですが、それからあっという間に世界は激変しました。

3月は日本にいて、欧州行きの飛行機の減便やキャンセルが相次ぐ中、なんとかオランダ行きのチケットをおさえて出国。空港から電車を乗り継ぎ、封鎖寸前の国境を陸路で進み、まさに間一髪でドイツに帰国。オランダでは空港や駅に人がほとんどおらず、日本に向けて出て行った時との世界の様変わりに驚いていました。


2021年3月3日のパリ。本来ファッション関係者や観光客で賑わう期間が、18時以降の外出禁止令が出されて全ての店舗が閉まっていた

街に人が出られなくなったことで、普段は人で賑わっていたデパートや小売店も未曾有の時間を過ごし、ファッションシーンの中心にいた大手の店舗も倒産するほどでした。

僕の住むデュッセルドルフは電車で1時間も行けばベルギーやオランダといった隣国に行けるのですが、その地続きの欧州内でさえ国境を越えられない事態。それまで、パリのファッションフィークに世界中から集い、半年に一度顔を合わせていたバイヤーたちにも会えなくなりました。

当時、ドイツは約半年にわたってロックダウンされ、店舗のドアを開けることが許されたのは薬局と食料品店のみ。その他の店舗、レストラン、公共施設など全て閉鎖していました。外に出るのも目的がある場合のみで、地域によっては外出許可証が必須、それがない場合は罰金となるような厳しい日々が続きました。時折街に行くと、軒並みに並ぶ空き店舗が、閑散とした街の風景を一層もの悲しくさせていました。

そんななか、卸売をベースにビジネスをしている僕らが最も心配したのは、「店舗が閉まっている中で、果たして次のシーズンの受注があるのか?」でした。

特に僕らがメインにしているのはハイファッション・ラグジュアリーの市場で、日常に求められる機能性や快適さよりも、「人に見られるための服」、どちらかというと日常から離れて着飾るハレの日のマーケットです。街に出ることも、人と会うこともできない中で、特別なシーンを演出する服が「必要とされないもの」となるのは明らかでした。
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文・写真=村瀬弘行

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