ポックスウイルスが安定していないことは覚えておく必要がある。このウイルスは環境に合わせて進化する。以前、私は粘液腫ウサギ痘ウイルスと南米ウイルス株に接触したアナウサギの共進化について書いた。自然選択が感染に耐性のあるウサギに有利に働く一方、このウイルスは自らの宿主の免疫系を抑制する方向に進化した。ウサギの増殖速度を踏まえると、この宿主ウイルス間の「軍備競争」は粘液腫ウサギ痘ウイルスのゲノムを変化させ続けることになる。
時間とともに、新種株のゲノム解析によって、元の南米粘液腫ウイルス株から発生した変種が複数特定されただけでなく、まったく新しいゲノム配列が追加されたことがわかってきた。これらの配列は、ウイルスの感染や複製を助長する新規な宿主範囲因子の発現を可能にした。
異なるポックスウイルスにおける、宿主範囲因子の役割は複雑でよくわかっていない。ある種の宿主範囲が発現することで、ウイルスに交差反応が起こり他の種に感染することが可能になるという見解がある。これは、2018年秋にイベリアのウサギ数百体がウサギ痘によって急死した際に研究者らが推測した考えだ。それらのウサギから検出された粘液腫ウイルスには、南米ウサギ痘株にはない約2800の新たな塩基対が組み込まれていた。
あるポックスウイルスがどうやってそこまで多数の新たな遺伝子情報を獲得したのだろうか。これらの新遺伝子は、DNA組み換えと呼ばれるプロセスで獲得された可能性が高い。DNA組み換えは、近縁関係にある2つのウイルスが同じ細胞を同時に感染させたときに起こる。複製中、これらのウイルスは遺伝情報を交換し、その結果新たなハイブリッドウイルスが作り出されることがある。どの粘液腫ウサギ痘ウイルスとの交差によって、イベリアのウサギ群の感染と死へとつながった変異が生まれたのかはわかっていない。
--{新型コロナパンデミックで学んだこと}--
ウイルスにとって、組み換えは新たな遺伝形質を作ることによる生き残り戦略である。しかし、将来のハイブリッド・ポックスウイルスが動物や人類の健康に与える影響については何もわかっていない。
我々は、人畜共通ポックスウイルスが感染力の強いヒト病原体になる可能性に対して準備しなければならない。すでに危うい我々の医療システムに、準備のできていない世界的パンデミックにこれ以上巻き込まれる余裕はない。
第一に、天然痘ワクチンの研究に投資をし拡大する必要がある。天然痘は根絶されたかもしれないが、他のポックスウイルスは人間の健康を脅かし続けている。症例が増えすぎる前に、急増しつつあるサル痘株を直接標的とする新世代のワクチンを開発し、新たな大流行が起きている国々だけでなく、感染が風土病化している地域へも広く配布しなければならない。
第二に、早期に確実に感染症と戦う抗ウイルス治療法を確立する必要がある。新型コロナパンデミックで学んだように、感染の発生を事前に防ぐだけでは十分ではない。医療崩壊を起こし脆弱な人々を死に追いやる重度の感染症の進行を防ぐことも必要なのである。
我々はパンデミックの教訓を心に留め、パンデミックとエピデミック(地域性流行)への準備の優先順位を高めなくてはならない。さもなければ、今後も我々は継続的な生活崩壊と不必要な死の脅威にさらされ続けることになる。