栗俣:『沈黙の艦隊』は、34年前の1988年から1996年まで「モーニング」に連載していた、かなり昔の作品です。この作品と緒方さんの出会いは?
(c)かわぐちかいじ/講談社
緒方:大学受験をしている高校3年生のときに、突然ハマって1巻ずつ買い始めました。そのせいで第一志望に落ちたんだと思います(笑)。誰かのコミックスが1冊、教室にあったのかな。何のきっかけかは全然覚えていないんですけど、高3のときにコソコソと受験勉強中に読みました。これ、読むのにすごく時間がかかるんです。
当時僕はハマり症だったので、「ドラゴンクエストⅤ」を全員レベル99にしたあともう1回やる、ダメな生き物でした。漫画も1冊買うと、助走してしまうのです。8巻買うと、もう一度4巻くらいから読み直してしまう。助走をかけて、8巻を楽しんでいくのです。そうしないと、伏線を回収できない。
栗俣:『沈黙の艦隊』は、まさにそれに適した漫画です。
緒方:そうなんですよ。伏線がめちゃめちゃ多い。そのうえ登場人物の顔がだいたい一緒で、日本人キャラクターも髪型と眉毛くらいしか変わらない。「こいつ誰やねん。全員同じ顔やんか」と(笑)。
しかも『沈黙の艦隊』は32巻まである。何度助走して1冊ずつ超えていくのか……。これをずっと読んでいましたね。受験のテキストよりも読んでいると思います。
僕がこの漫画を面白いと思うようになった要素の一つが、「やまと保険」のシーンに現れています。(※やまと保険:日本政府は原子力潜水艦「やまと」に保険をかける。世界各国の政府は保険の「引受人」、国連が「受取人」。原潜の存在によって軍事バランスの勢力均衡と平和を維持する概念。)
栗俣:『沈黙の艦隊』の中でも「やまと保険」は、かなり重要なシーンです。
緒方:軍事の縮小、過去をなくす主張を、いろいろなところにけしかけていく存在がいる。それが原子力潜水艦から解決できるかもしれないことを、僕はそもそも知りませんでした。
この原子力潜水艦が動くことによって、だんだん政治が動く。ビジネスが動く。マスコミが動く。どんどん関係者が変わっていくので。マスコミも「オレらがこの中に入ったら変わるんじゃないか。全世界に届けるぞ」と。
世界を変えていくために、いろいろな人が参加してムーブメントが起こっていく。どの職業の人も主役になっていく。「原子力潜水艦が社会を変えた」という結論ではなくて、海江田四郎(「やまと」艦長)イズムを受け取った人が自分たちなりに解釈して、社会に一石を投じていくのです。その集積が、この漫画だと思います。
なかでも「やまと保険」は、政治×ビジネス×軍事×メディアを同時に掛け合わせてソリューションを打ち出している。政治は政治、経済は経済、軍事は軍事の話として分けて描かれる作品が大半というなかで、4つの難しいテーマに横串を刺してソリューションを生み出すのは、漫画としては非常に難易度が高いはずです。そこをガンと打ってきたところが面白い。
『沈黙の艦隊』には、いろいろなカウンターパートが登場します。しかも、その一つ一つが独立した別個の作品になりうるくらい、深く描かれているのです。
多くの漫画は、たとえば自転車に乗っていたらずっと自転車の話をしていて、ボクシングならボクシングばかりやっている。あとは学校の単位が取れるかどうかという話が加わるくらいで、横との掛け算があまり得意ではない。
ところが『沈黙の艦隊』は、経済も政治も全部掛け合わせて、軍事やメディアまで入れて社会を変えるストーリーをつくった。そこに僕はブルッとくる。「ここに横串を刺したな」と思ったのが「やまと保険」なんです。