アメリカン・ビューティ|父親という規範からの解放 己の「欲望」を見出した2人の父とその不幸な巡り合わせ

映画「アメリカン・ビューティ」より イラスト=大野左紀子

親という立場はつくづく大変だと思う。最近はよく母親のワンオペ育児に焦点が当てられるが、父親の肩にのしかかっているものも、依然として大きい。

メディアには理想的な家族のイメージが溢れているけれども、世間からは羨望されるようなそれを仮装しつつ、内心は疲れ果て、この「父なる規範」から解放されたいと願っている父親も少なくないのではないだろうか。

現代アメリカの中流家庭の闇を鋭く浮かび上がらせて数々のアカデミー賞を受賞した『アメリカン・ビューティ』(サム・メンデス監督、1999)は、既に死んでいる1人の男のモノローグから始まり、彼が殺されるまでをブラックな笑いを散りばめながらサスペンス風に描き出した作品。

父親は2人登場する。これは「父なる規範」に繋がれた彼らの「欲望」をめぐる物語だ。まず主人公であるレスターから見ていこう。

自分の人生を生きていないという虚無感


広告代理店に勤めるレスター・バーナム(ケヴィン・スペイシー)42歳は、不動産会社勤務の妻キャロライン(アネット・ベニング)と高校生の娘ジェーン(ソーラ・バーチ)の3人家族。小綺麗な家に住む一見幸せそうなファミリーだが、朝のシャワーでそそくさとオナニーするレスターの寂しい背中が、彼の現在を物語っている。

冒頭の一連のシークエンスから伝わってくるのは、夫であり父である男が、口うるさく支配的になった妻と、父親を疎ましがる思春期の娘の間で、自分が自分の人生を生きていないことに覚える底なしの虚無感だ。

外面だけ取り繕って隣人に愛想笑いする妻を、いかにもげんなりした表情で窓越しに眺めるケヴィン・スペイシーの顔面演技が素晴らしい。

アメリカンビューティ
CBS Photo Archive / Getty Images

タイトルの「アメリカン・ビューティ」とは、キャロラインが庭で栽培しているバラの品種名。白いフェンスに鮮やかに映える真っ赤なバラは、アメリカの美と幸福のイメージとも言えるが、ドラマ中、その真紅の花弁がレスターの性的欲望の象徴として彼の妄想シーンに繰り返し登場する。

妻が見栄混じりの理想を託している花が、夫の中では妻を裏切る欲望のイメージとして乱舞するのが皮肉だ。
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文・イラスト=大野 左紀子

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