開き直った態度で家族にも会社の人事にもガツンとものを言い、「好きなように生きるんだ」と別人のごとく行動していくさまは痛快さもある反面、何事にも動じなくなったポーカーフェイスには、どうなろうと知ったことかという冷たい諦念が感じられる。彼の中では最早、表面的にでも夫らしさ、父らしさを演じなければという義務感は蒸発している。
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知り合いの”不動産王”と浮気して舞い上がり、バーガーショップのドライブスルーでバイトしているレスターに偶然対面して泣き出すキャロラインの、わかりやすい温度の高さとは好対照である。
アンジェラの存在はレスターの中で、引き金になったに過ぎない。彼の欲望は目先の性的欲望にとどまらず、自分の人生を思いのままに生き直すところにまで拡大されている。
一方、いかに男を落としたかでしょっちゅうマウントをとってくるアンジェラに少し嫌気がさしていたジェーンは、自分に関心を抱き独特の価値観をもつリッキーに惹かれていく。
リッキーがジェーンに、空(から)のビニール袋が延々と風に舞い踊るヴィデオを「一番美しいもの」として見せるシーンは示唆的だ。自分にとっての理想を追求するリッキーの姿は、今やっとそれに目覚めたレスターと重なるが、その対象はなんとかけ離れていることだろう。
まだ十代の少年が、欲望を使い果たした果てのような「空無」に魅せられている一方で、中年男は思春期の少年のような恋と下心の虜になっているのだ。
孤立する父親と縛り付ける父親
さて、中盤から登場するのが、リッキーの父フランク・フィッツ(クリス・クーパー)。レスターの家族の微妙な腐敗臭とはまた異なる、フィッツ家の異常性も徐々に明らかになっていく。
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軍人でゲイを極端に嫌悪するマッチョなフランクに対し、妻のバーバラ(アリソン・ジャネイ)は常にぼんやりとしてどうやらメンタルを病んでおり、家の中に明るく和やかな雰囲気は皆無だ。
フランクのリッキーに対する暴力を伴う強力な支配は、リッキーの「yes,ser」という返事に現れている。不条理なまでに厳しい規範を押し付けられたリッキーが、自分に対して面従腹背となっていることを、フランクは知らない。
レスターが「父なる規範」の重圧から逃げ出すことで孤立する父親なら、フランクはその規範で自らも周囲も縛りつけた結果、背かれる父親である。