経済・社会

2022.04.23 19:00

「戦闘」は終わっても「戦争」は続く。元ウクライナ在住カメラマンが考える難民支援


ロシアによるウクライナ侵攻については、日本ではそのような非合理な決断はありえないとする意見もありましたが、ポーランドでは昨年からウクライナ国境周辺に集結していたロシア軍の情勢分析もそうですが、2014年以降の流れから侵攻は不可避のものと捉えられていました。

それゆえ、最大100万人という難民受け入れの施設も準備していたのです。それが可能だったのも、歴史的な経緯を共有するロシア周辺国の反ロ意識も含めた隣国の人たちに対する同情もあったでしょうが、ポーランドがEUの加盟国であり、そこからの支援があったことも事実だと思います。

やっと自分たちの生活が安定してきたと思っていたのに、今度は私たちと同じ道をたどる人たちが1000万人もいる。なにか自分にできることはないだろうかと、日本に一時帰国していた私も考えました。

その思いは子供たちも同じでした。カソリックの施設で司教の秘書として働く妻に代わって、長女は高い言語能力を生かし、難民の支援を進めるカソリック教会と現地から訪れたウクライナ正教会の司教の会議の通訳も務めました。


糸沢さんの長女はポーランドのカソリック教会とウクライナ正教会の司祭の会議の通訳を務めた。ある時期までウクライナ正教会はモスクワの正教会の支局の位置付けだったが、独立してウクライナ正教会となった

長男の通う高校では、ウクライナ難民への援助ボランティアが始まりました。彼は以前、故郷から避難してきた自分の境遇について作文に書いて校内で発表していました。ボランティアが始まったのは、それを読んだ教師や生徒の皆さんが、自分たちの学校にも難民と同じような境遇の生徒がいることを知ったからだということです。


長男の学校でウクライナ難民を支援するボランティアを呼びかけるポスター

日本人とウクライナ人のハーフという存在はポーランドでは珍しいのですが、作文に書いた彼の経験が多くの人たちの心を揺り動かしたのだと思います。現在、長男の通う学校には、難民としてウクライナからやって来た子供たちが増えていて、積極的に受け入れや支援を行っているそうです。

とはいえ現状では、難民の急増によって、ポーランド国内の受け入れ施設はすでにキャパオーバーとなっています。多くのEU加盟国が滞在許可証を発行し、難民の人たちに就労や住居を提供していますが、着の身着のままで脱出してきた人々が後を絶たないいま、支援の手が十分に回らないのも当然です。

ウクライナ政府が徴兵令によって成人男性の出国を禁じたことから、難民の多くは女性と子供たちで、人身売買業者の暗躍も起きています。

EUからの一時的な支援や生活保障金はあっても、今後、難民の人たちは困窮するでしょう。ポーランドの人たちも事態が長期化することで、感情に変化が起こるかもしれない。
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文=中村正人 写真=糸沢たかし

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