サイバー企業を生み出すイスラエル国防軍の「8200部隊」とは?

インバル・アリエリ


井関:実際に8200部隊の審査に携わった経験をもつアリエリさんは投資家として面談する際、起業家のどういった資質に注目していますか?

アリエリ:大きく3点あります。1点目は、「自己認識のレベル」。起業家がどの程度のレベルまで自分の性向はもちろん、怒りや思考停止のきっかけを把握しているか。私がこれを大切だと考えている理由は、「成長とは、正確な自己認識から始まる」からです。より幅広く、正確に自分のことを理解していれば、それだけ成長の余地があります。

2点目は、「周りとの人間関係」。これはリーダーとしてだけではなく、フォロワーや部下の立場になったとしてもチームの一員として振る舞えるかどうかです。コミュニケーション・スキルやカリスマ性といったリーダーシップのスキルや資質も大事ですが、EQ(心の知能指数)の有無、信頼の醸成スキル、全体の中で自分の立場を客観視できるメタ認知能力も重要になってきます。

3点目は、「不透明な状況での対応能力」。起業家の計画どおりにいくことは絶対にありません。その可能性はゼロです。いずれ必ず訪れる変化や危機、自分のコントロールが及ばない事態に陥ったとき、自らの知性、そして感情をどのように使い、コントロールするか。

特に3点目からは、その起業家の人間関係はもちろんのこと、世界観や、世の中とのつながりが見えてきます。安定した生活を望んでいるのか、それとも、不安定な状況でも落ち着いていられるか。

井関:起業家を数多く輩出している8200部隊の場合は、特に3点目の傾向が強そうですね。イスラエルの8200部隊の出身者に、宇宙開発NPO(非営利団体)「SpaceIL(スペースIL)」の共同創設者の一人、キフィル・ダマリがいますね。

SpaceILは、2009年にX Prize財団とグーグル主催の民間月面無人探査レース「Google Lunar XPRIZE(GLXP)」に参加する目的で設立され、月面無人探査機「Beresheet(ベレシート)」を開発。GLXPが中止になった後も開発を続け、10年後の2019年には月面着陸に挑んでいます。残念ながら、月面に着陸というよりも墜落してしまいましたが……。

アリエリ:確かに、任務そのものは失敗に終わったかもしれません。ただ、これはイスラエル人のものの見方を示す格好の例です。ゴールは月にローバーを着陸させ、月面で自撮りすることでした。しかし、他チームが国家規模のプロジェクトとして大きな予算で参加したのに対して、SpaceILは微々たる額で参加したのです。それも、たった3人のメンバーで、です。しかも、宇宙産業に従事した経験者はそのうち一人だけです。ほとんど宇宙に関して知らず、単に大会に参加してみたかったのです。

要は、少数の人々がわずかな予算でも極めて大きなインパクトを残せる、ということです。その結果、SpaceILの設立者たちに触発された新世代の起業家たちが、このプロジェクトがもたらした経験と知見を拠り所に、宇宙開発企業を次々に立ち上げています。こうした宇宙開発スタートアップの多くは政府とは無関係で、優れた才能をもつ起業家たちがゼロから立ち上げ、その裾野が広がり始めているのです。


2019年4月11日、SpaceILとIAIの月面着陸プロジェクトの中継を見守るイスラエル市民 Getty Images
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文 = 井関庸介

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