井関:無知を恥じることなく、解決策を探り、学び続ける好奇心を育てる意図があるということですね。8200部隊を他部隊から分かつ2つ目の要因とは、どういったものでしょうか。
アリエリ:2つ目は、「独りよがりにならない」こと。一人ですべての問題を解決しようとしてはいけません。隊員は、チームで行動することの大切さを学びます。チームであらゆる課題に取り組まなければならないのです。
3つ目は、「若さが生み出す発想力を生かす」こと。18歳の兵士たちは人生経験が浅く、知識も技術もありません。しかし、それゆえ、常識やベストプラクティス(成功事例)、過去の経験にとらわれることなく、柔軟な発想でものごとを考えることができます。上官に「そのプロジェクトは5年前に試したが、うまくいかなかった」と言われても、新兵はその経験を共有していないので意味をもちません。こうした“白紙”の状態のほうが逆に、優位に働く場合もあるということですね。
仮にも、精鋭部隊として有名な8200部隊の指揮官ならば、チーム内で最も優秀で完璧な超人だと思いますよね? でも、8200部隊で指揮官を務めた経験をもつナダブ・ザフリル(ベンチャー投資会社「Team8」共同創業者)は、「それは違う。僕の賢さは、自分よりも若いのに、もっと賢い人たちがいることを認め、彼らの力を引き出せるように管理することだった。彼らの話にきちんと耳を傾け、その意図を理解し、方向付けをしてあげて、『答えを見つけてきなさい』と送り出すだけだ」と。もちろん、そのやりかたは教えません。だからこそ若い隊員たちは、ベストプラクティスという足かせを負うことなく、自由に発想できるのです。
4つ目は、「迅速で柔軟な発想をもとに即興力を発揮する」こと。イスラエルが位置する中東は、地政学的に変化が激しい地域です。そのため、「柔軟な思考と行動力」はイスラエル社会の柱とすらいえます。時間、カネ、ヒトといったリソース(資源)がない場合、大きな問題を小さな問題に分割し、その解決に迅速に取り組んでいくことが不可欠です。
事実、イスラエルは新型コロナウイルス対策として海外からの入国規制やワクチン接種などの施策を矢継ぎ早に打ち出すなど、この点を証明して見せています。3〜6カ月の計画を立てて実施するのではなく、2週間ごとに試行と検証を繰り返しながら新しい局面に対応しているのです。
井関:歴史的に、周辺国と紛争を抱えてきたこともあって、イスラエル国民は危機に対して迅速に対応できているように思えます。
アリエリ:そのとおりです。そして、前出の①「無知を恐れない」、②「独りよがりにならない」、③「若さが生み出す発想力を生かす」、④「迅速で柔軟な発想をもとに即興力を発揮する」といった点が融合したとき、8200部隊らしい独創性が生まれるのです。隊員は、自然と行動に移せるよう訓練されています。それが独創的な起業家を生み出している理由でもあるでしょう。
井関:その独創性とリーダーシップで優れた起業家を輩出してきた“エリート部隊”でありながら、実際に会って話す8200部隊や81部隊の出身者のかたがたは、謙虚でリラックスしています。これも部隊内のより優秀な人々と出会うことで互いに敬意を払うようになる、組織文化に起因するものなのでしょうか。
アリエリ:その指摘は正しいと思います。先ほどお話しした「審査基準」も重要なカギです。企業やNPO(非営利組織)など、すべての組織に必ず、内向的で、目立つことを避け、控えめながら、周りを助けることを厭わない“縁の下の力持ち”のような人たちがいます。外向性や内向性などの性格も審査しながら選定しているので、独りよがりな人は選ばれにくいという面もあります。