本田哲也(以下、本田):ナラティブとは企業価値に直結する「物語の力」なのですが、自分たちのストーリーの一方的な押し付けではなく、お客様などのステークホルダーと一緒に物語を紡いでいく共創のアプローチのことをいいます。
例えば、農家と消費者をつなげる「食べチョク」を運営する秋元里奈さん。彼女は農家出身という「自分らしさ(オーセンティシティ)」を事業のなかで伝えていて、重要なステークホルダーである農家それぞれの物語と食べチョクのナラティブを紡いで、消費者との「共体験」を実現させています。
柏木彩(以下、柏木):ナラティブの引き出し方はありますか。
本田:まずは社長や創業者から「そもそもなぜこの事業をやろうと思ったのか」を聞き、従業員にも「なぜその会社にジョインしたのか」とヒアリングします。このプロセスで、ナラティブのテーマを探すのです。
例えば、普遍的なテーマのひとつに「解放」があります。有名なものが、1984年にアップルが打ち出したCMです。IBMが独占していたコンピュータ業界をジョージ・オーウェルの小説『1984』に見立てて、アップルが革命と解放をもたらすという主旨のものでした。これが「そうだそうだ」とユーザーたちの共感を得て物語に参加させた。まさに解放の物語です。
柏木:「共創」の物語でいうと、電動キックボードシェアサービスのLUUPは素晴らしいと思います。社長の岡井大輝さんが、上手に政府や自治体を巻き込みながら事業を展開されています。ユーザーが増えるなか、サービスをアップデートし続けるのはもちろんのこと、公道でのヘルメットの着用は任意という規制緩和への働きかけや、競合を巻き込んだ業界団体をつくるといった活動もされています。
また、私が広報を務めていたマネーフォワードも人々がお金の課題と向き合うために壁を壊していった点は「解放」ですね。「お金の話はタブー」という風潮のなかで、「お金のことを語るのは普通のことで、大事なことだ」と真逆のことを伝えていくのは難しいこともありました。
ただ、人生100年時代の到来、生き方や働き方の価値観の変化、老後2000万円問題など、お金について考えさせられる機会が増えたこととFinTechの盛り上がりが重なり、少しずつ浸透していった感覚があります。
入社した当初は、私はクラウド会計の営業担当も務めていました。当初の営業先の税理士さんは新しいものが怖くて守りが強い人たち。だから、「ネットで自動的に入出金明細を集めてくるなんて怖い」と言われ続けてきました。そこからクラウドが当たり前になり、パッケージ型ソフトを展開していた老舗会計ソフトベンダーもクラウドにシフトしてきています。
金融庁など政府の後押し、金融機関からの出資、競合との市場創造など、さまざまなプレイヤーとの「共創」により「解放」がもたらされました。それが「怖くないよ、普通だよ」となったきっかけは、銀行が出資をしてくれたことで「銀行のお墨付きのサービスなんだ」と思ってもらえたことでしょう。