「この作品は魔法のような雰囲気はあるが、初めて特定のジャンルに嵌め込まない映画にした。物語は誰もが身近に感じる現実のなかに設定している」
監督自らがそう語るように、物語のキーポイントとなる読心術にも合理的な「種明かし」があり、作品がリアリズムから逸脱することがないよう注意深く配慮されているようにも思える。
かといって、これまでの彼の作品が醸し出していた神秘的な雰囲気も保持されている。タイトルの「ナイトメア・アリー(Nightmare Alley)」は日本語に訳せば「悪夢の小路」ともなるが、まさに全編にわたって夢のような気配も漂っており、そのリアリズムとの均衡は実に見事だ。
原作はノワール小説の傑作
原作はウィリアム・リンゼイ・グレシャムが1946年に発表した「ナイトメア・アリー 悪夢小路」で、過去に一度だけ「悪魔の往く町」(1947年)として映画化されている。近年では、人間の業を鋭く描いたノワール小説の傑作として再評価が高まっていた。
デル・トロ監督は映画史に詳しい評論家のキム・モーガンと共同で、この原作を脚本化。翻案するにあたっては、ノワールというジャンルを異なる観点から描きたいという思いから、野望の階段を登っていく主人公はもちろん、登場する3人の女性キャラクターにもフォーカスを絞ったという。デル・トロ監督が語る。
「作品には3人の強い女性と1人の運命の男を登場させた。海千山千のジーナはスタンの肉体に惚れ込み、読心術で身を立てる手助けをする。愛らしい純情なモリーは、信用ならない大言壮語するスタンの出たとこ勝負に乗ってしまう。都会に住む心理学博士リリスは、自らの苦難の経験からスタンを見透かし操ろうとする」
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この三者三様の女性たちと主人公スタンとの心理的な絡み合いも、この作品が、いままでのデル・トロ作品とは趣を異にする、物語としての奥行きを感じさせるところかもしれない。もともとストーリーテリングには長けているデル・トロ監督だったが、それにさらに「厚み」が加わったかたちだ。
今回のアカデミー賞では撮影賞と美術賞にもノミネートされていた「ナイトメア・アリー」。もともと特殊メイクアップアーティスト出身のデル・トロ監督だけに、その紡ぎ出す映像はやはり観応えがある。
特に前半部、主人公のスタンが流れ着くカーニバルの映像は、その場所の禍々しさがリアルに表現されており、観る者を迷宮感の漂う空間へと誘(いざな)う。作中に登場する観覧車やメリーゴーランドなどは、実際にカナダ・トロントの野外催事場の敷地に建てられたという。
デル・トロ監督の次回作は児童文学「ピノッキオの冒険」を原作にしたアニメーション映画「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」。舞台をファシズムの嵐が吹き荒れるムッソリーニ政権下のイタリアに設定したということで、どんな物語と映像が観られるのか、これまた楽しみだ。
連載:シネマ未来鏡
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