山田:その感覚、わかります。起業をして得た資産は、私たちのビジネスの価値を世の中が認めてくれた証しなのかもしれない。でも、自分が所有する意味や権利ってなんだろうと思うし、これを使ってできることをもっと考えていきたい。
そもそも私には、自分は恵まれてきたという感覚があります。いろんな失敗もしましたが、運に助けられながら好きなことをやり続けられている。でも世の中には、たまたま生まれた国が貧しかったとか、性別や人種が理由で能力を発揮できていない人がたくさんいる。それを根本的に解決しようと思うと、やっぱりD&Iが必要だし、D&Iこそ組織や社会の強みになるという確信があります。
営利活動ではもうかるかが大事な基準になりますが、非営利領域ではお金を使って大きな社会的インパクトを出せるかが重要です。その視点で世の中を見ると、非営利の領域には未開拓なフロンティアが多い。言い換えれば、そこには大きな可能性が残されています。
私は起業家として世の中に価値を認めてもらえるものをつくり出すという演習をずっとやってきた。経験を通じて得られた人脈や知見、資産を使うことで、もっとよくできることがたくさんある。だから貢献するべきだし、それでこそお金や自分の人生に価値が生まれるというのが私の考えです。
宮城:フィランソロピーには社会のためにお金という資産を投じるというイメージがありますが、私は人の志や情熱、コミットメントもすごく大きな資産だと思います。さまざまな資産を組み合わせることで、お金という資産もより豊かなものとして社会に還元される。おふたりが起業家として培ってこられた経験やネットワークを投入しながら非営利事業に向き合っていることの社会的な価値はとても大きいと思います。
山田:正直に言うと、鼎談のお話をいただいたときに、お引き受けするかどうか結構迷ったんです。まだ奨学金の支給も始まっていない段階なので。でも、自分や笠原さんを含めて、多くの人たちがいろんな課題感をもちながら時間やお金を非営利の領域にも投資することで、世の中はいまよりずっとよくなる。そういう考え方が少しでも広がればいいなと思っています。
宮城:いまは組織の目的、そして人生の目的は何かがあらためて問われている時代と言えます。資本主義システムのなかで経済的な成功を収めることは最終ゴールではなく、プロセスでありツールである。そうとらえながら営利と非営利の領域をシームレスに行き来し、プロセスから得た資本を効果的かつ自分の価値観に合うかたちで生かしていく。私は高校生や大学生など次世代の起業家を志す若者の支援を続けていますが、おふたりこそ、「SDGsネイティブ」世代とも言える若者たちが描くロールモデル。起業家や経営者の新しいスタンダードになっていくと思います。
営利企業や行政には、事業性やスピード感、公平性などが理由でケアできない領域が必ずあります。しかしいまの日本には、その領域に資産を再配分していく機能やエコシステムが不足しています。
笠原さんや進太郎さんのように、ビジネスで成功を収めた人たちが非営利の領域にさまざまな資産を振り分ける動きが広がれば、いまより軽やかに、ビジネスでは解決できない課題に取り組む人のところに資産が循環する社会をつくることができます。政治や行政との役割分担も含めて、社会構築の方法が変わり、成功の概念も金銭的資産の保有を目的とした世界観から変わる。一人ひとりがそれぞれの立場で、ともによい社会をつくっていく主体となれる。ふたりの新たな挑戦は、これからの社会の方向性を示す象徴的な事例であり、希望の光だと思います。
笠原健治◎ミクシィ取締役ファウンダー。1975年生まれ。大学時代に求人情報サイト「Find Job!」を立ち上げ、99年に代表取締役に就任。2004年にmixiを開始し、06年にミクシィを株式上場。13年に取締役会長、21年6月から現職。
山田進太郎◎メルカリ代表取締役CEO。1977年生まれ。大学在学時にインターンで楽天オークションの立ち上げに携わる。大学卒業後にウノウを設立しインターネット事業を展開。2010年に同社をZyngaに売却し、12年に退社。13年にメルカリを創業。
宮城治男◎NPO法人ETIC.創業者。1972年生まれ。93年にETIC.の前身となる学生団体を創設。2000年にNPO法人化し、代表理事に。11年には世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ」に選出。文部科学省参与、「まち・ひと・しごと創生会議」委員等を歴任。21年にETIC.代表理事を退任。