音というヒントを得て、私たちはシャンパンのつくり手の感性も、普段とは別の角度からうかがい知ることができる。「ふくよかさと繊細さ」という9文字の言葉は、醸造家オリヴィエ氏の味覚の中であきらかな実体を結び、それぞれのイメージのバランスをとりながら、シャンパンという形に結実する。
「“IMMENSE GENEROSITY”は、栓を抜くところからスタートする」と千住さんはいう。つまりこの曲には、シャンパンを注ぐ場面が、音楽の形で表現されている。
私のような凡人には「シャンパンを注ぐ」としか認識できない音が、絶対音感を持つ音楽家の耳には優雅な調べをもって聞こえているのだ。音楽家に見える、聞こえる世界はこんな感じなのか。そんなふうにして、千住明という稀代の音楽家の頭の中を、少しだけのぞき見ることができた。
言葉から広がる無限の世界
クリュッグ グランド・キュヴェの創造には、クリュッグが誇る150のリザーヴと、その年に収穫された250の区画のブドウの中から厳選なるオーディションを行い、ブレンディングが決定される。ひとつひとつの区画は、ちょうど、オーケストラを構成する演奏家に似ており、ブレンディングを決定する最高醸造責任者はまるで指揮者のように例えられる。
千住明氏(左)とオリヴィエ・クリュッグ氏(右)
言葉は、とてもシンプルで削ぎ落とされた概念だ。いったん言葉という形に圧縮し凍結されたイメージを、それぞれの才能が解き放つ。音楽とシャンパン、聴覚と味覚。異なる感覚が重層的に重なり合うことで、より豊かなイメージが心に描かれ、味わう人の心に新しい感情を生み出す。
オリヴィエ氏が描いた「ふくよかさと繊細さ」という言葉から生まれた、新しい肉付きを持ったクリエイション。言葉には物理的な重量はないけれども、受け取る一人ひとりの心のイメージの中で、無限大に広がる力がある。ときに、その言葉を生み出した人の想像以上に。
照明を落とした、無機質な倉庫の中に広がる感覚の世界。「人間の感覚は視覚情報が7割だ」というが、その視覚情報が制限されることで、脳は補完するように、網膜の裏にそのイメージをより鮮やかに再現しようとするのかもしれない。そして、視覚以外の感覚世界が通常よりも広がり、音までもが手触りをもって感じられてくるから不思議だ。