文化が育ち、経済が動く。日本が取り込むべき「ハイエンド」とは何か?

シーナリーインタナショナル代表 齋藤峰明氏(左)、Urban Cabin Institute パートナー山田理絵


山田:それと共につくり手の姿勢も変わってきましたか?

齋藤:エルメスにいた頃は考えられませんでしたが、昨今のブランドは、ストリートファッションからどんどんテーマを吸い上げて商品にしたりしています。ラグジュアリーブランドのありようは、ビジネスとしてのブランドに変わってきています。

昔はいわゆるインテリや文化の担い手が文化的な意味でブランド品を持っていたのが、90年代からブランドの名前やロゴに惹かれて物を買う人が出てきました。

ブランドは、持ち手を投影させるものですよね。「私はこういうブランドを使う人間なんだ」「このブランドが好きな人なんだ」と世間に見せ、自分のアイデンティティを託す意味も持っています。お金が出せる人はどんどん出し、良い物を要求してくるので、つくる側もそれに応えようと高級な物を手がけるようになりました。

山田:今のお話で大事なのが、お客様の目が肥え、その注文に応えようと職人が挑戦し、より良い物がつくり出されて行ったというところですよね?

齋藤:はい。かつて宮廷では職人からも「こういうのをつくってはどうでしょう」と提案して、コラボレーションのような形で文化的にレベルの高いものが生み出されました。京都はもちろん、大名を顧客に抱えていた金沢もそう。豊かさとはそういうものです。

しかし、貴族が昔のような生活をしなくなったのに伴って、文化的な要素を飛ばして、モノだけが求められるようになりました。

山田:エルメスには、自分達はブランドビジネスでなく、良いものを丹精込めてつくっている職人集団なんだ、という意識を感じます。にもかかわらず、ビジネスとしても業績が良く、株価も上がり続けていますね。



齋藤:お客様が最近ますますエルメスを選んでいるからだと思います。例えば、1990〜2000年代にかけて急増したロシアのお金持ちたち。当時彼らは、フランスのような優雅な生活をしたいと南仏に別荘を買いました。そしてまず、ロゴが目立つような“わかりやすいブランド”を求めました。

しかし、4、5年経つと、だんだん周りに自分と同じブランドを持っている人が大勢いると気づき、彼らはモナコ、ニース、カンヌなどにあるエルメスにやってくるようになりました。

知る人ぞ知る存在だけど、ブランドは誇張されず、一見わかりにくい。でもそれを、エルメスはわざとやっているんです。わかりやすくすると一般化して他と同じようになってしまうので、「H」をなるべく見せず、ロゴもバッグの裏につけるなど、すごく気を遣っていますね。

山田:経営的にエルメスが他のブランドと違う点や、大事にしている価値観は何ですか?

齋藤:エルメスが他と違うのは、売るためにあるブランドではなく、ファミリービジネスであるという点でしょう。先代はよく、「変なものつくるなよ。売れても家の評判が落ちたらいけない」と言っていました。引き継いだビジネスを守って、次の世代に繋げていく中では、売れるかどうかより、そのモノが人々の役に立っているかどうかが大事にされています。

もう一つ、エルメスのファミリーはプロテスタントなので、質素であり、表面的でなく深く物事を見ていく家風であるというのも特徴です。

山田:一方で挑戦もしていますよね? イノベーティブな素材を使ったり、毎年違うコンセプトを出したり。その辺とのバランスはどうなのでしょう?
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文=山田理絵/太田睦子

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