2020年には、シリコンバレーのAI保険スタートアップであるHippoへ、3億5000万ドル(当時のレートで約366億円)の大型投資をしたことでも話題となった。
さらに、CVC(Corporate Venture Capital)にフォーカスしたメディア「Global Corporate Venturing」が毎年世界の CVCトップ100人を表彰する「GCV Powerlist Award」でも、「MS&AD Ventures」共同代表の佐藤貴史とJon Sobergが、2020年から2年連続で選ばれた(ソフトバンクやソニーなど数社の日本企業も選ばれたが、金融分野ではMS&ADのみ)。
MS&ADが、CVCである「MS&AD Ventures」をシリコンバレーに開設したのは2018年の10月。いかにしてMS&ADがこのような好スタートを切ったのか、その中心にいた佐藤貴史から聞いた話を基に深掘りしてみたい。
担当役員から厳命された2つの約束
「MS&AD Ventures」共同代表の佐藤貴史は、2017年5月にシリコンバレーに赴任した。それまではその都度日本から社員が出張していたが、彼らの報告書を見てもよく現地の様子が掴めないと感じたMS&ADの経営陣は、佐藤を駐在員としてシリコンバレーに送り込んだのだ。
その際、佐藤は担当役員から2つの約束を求められた。
まず「日本人村」に入るのは禁止。「シリコンバレー村」に潜入するのが佐藤に求められたミッションであり、現地の日本人と交流するために行くのではないと釘を刺されたという。
次に「表敬訪問」の受け入れ禁止。「ツアーコンダクターになるな」「役員でも全部断れ」と言明された。多くの日本企業のシリコンバレー駐在員は、日本からの訪問者にいろいろなところ連れて行って欲しいとリクエストされ、多大なエネルギーを浪費していたからだ。佐藤がその担当役員の海外出張の際に空港に迎えに行くと「仕事しろ!」と一喝されたとか。
そして、赴任後の佐藤とスタートアップ企業とのやりとりを見た担当役員は、シリコンバレーの「エコシステム」が自らリスクをとってチャレンジしている人たちの集まりであること、つまりリスクを取っていないと話もしてくれないことを理解するようになったという。
佐藤が駐在員として赴任後、今度はよりシリコンバレーにコミットするため現地でのCVCの設立が検討されると、MS&ADの社内では「そんなリスクは取らなくていい」「投資先がバタバタ潰れたらどうする」「米国でなく国内でやればいい」など、さまざまな意見が噴出した。
社内でCVC設立の起案を担当した役員は「保険会社はリスクをとるのが仕事、(上限のない損害保険もあるが)今回の投資は上限がある」「枠内のリスクをマネージするのは得意なはずだ」と反論。最終的には「エコシステムに入ってやってみないと始まらない、『No pain, no gain』(痛みなくして得るものナシ)であり、保険会社のリスクとリターンの考え方に符合する」という意見で一致し、CVC設立が決まった。
結局、全役員の合意が取れ、社外取締役もサポートして、シリコンバレーでのCVC設立が決まったという。