「C+vc」ではなく「c+VC」で
こうして、2018年5月に米国で登記したMS&AD Venturesだが、初めからつまずいたという。米国人トップの採用が難航したのだ。当初は、東京(本社)3名と現地(MS&AD Ventures)1名の投資委員会を計画したのだが、全ての候補者からこれは失敗の典型例と指摘されてしまった。現地CVCの裁量権が無いように見えたのだ。
これでは始められないと再検討し、修正案を経営会議にかけて、東京2名と現地2名の体制に変更した。しかも、東京の2名は拒否権のみとし、現地CVCの裁量をメインとした。「100%の子会社なのになぜ?」という声もあったそうだが、現地のエコシステムに従うとの論理で説得したそうだ。
また、体制だけでなく、その最初のつまずきから学び、CVCとしてのポリシーも練り上げた。
実は多くのCVCは、「C+vc」になっている。つまりC(親会社)が中心で、Cのガバナンスやルール、文化に支配されがちだ。太陽に星が近づきすぎると燃え尽きてしまうように、Cに偏りすぎたCVCはうまく行かない。しかし、太陽から遠すぎると凍えてしまう、つまりCと離れすぎるとCの資産も使えなくなる。
よって「c+VC」、つまり、VCがメインで、それにc(親会社)がオプションで付いてくるのを基本にすることとした。これなら、投資される側からも、グローバル展開している親会社との連携が、制約ではなくプラスに見える。
こうしてポリシーも練り直したかたちで、Jon Sobergを共同代表に迎えて、MS&AD Venturesは2018年10月に活動をスタートしたのだ。
そして、MS&AD Venturesの共同代表となった佐藤自身も、かつてのやり方から転換をはかったという。
1つはコミュニケーション。既存事業では、合理的な説明をしてリスクを避けるが、そもそも組織に根回しすると失敗できなくなる。ポテンシャルは大きいが不確実なのがイノベーションだ。そもそも前例がないから挑む意義がある。
よって、自分が本当にやりたいと思ったものを信じて行動するしかない。いわば既存事業式(帰納法:多くの類似例を比較し、正解を探し採用する方式)から、新規事業式(演繹法:仮説を立て、その立証を繰り返し正解を創っていく方式)にコミュニケーションを転換したという。
もう1つは、視点。例えば、Hippoへの大型投資の際、「(MS&AD傘下の)三井住友海上は伝統的損害保険を提供する会社、Hippoはデータ利活用で先進的な損害保険会社」というように、当初は両社を「損害保険会社」として捉えていた。
これを、世界に安心と安全を提供するというMS&ADの目的に立ち返り、「Hippoは安心と安全のためのプラットフォーマー」と位置付けた。つまり本社の経営陣にも響くようなミッションやビジョンに根差した、本質に迫り可能性を感じさせる視点からアプローチしていった。