リサーチ不足の面も
一方で、全てがうまくいったわけではない。間取りでは2LDKの需要が予想以上に大きかった。これはリサーチ不足であったと渡邉も認識している。しかしながら、上井草グリーンハイツが本格的にリノベーション後の募集を開始したのは2019年5月だ。5月というのは、いわば不動産賃貸の繁忙期から遅れた時期であるが、多くの居室で早期の成約があり、また更新時期を迎えた2021年5月の更新率が9割弱と支持を受けたことは、定量的な成果を示しているといえる。
そして何より、生活音の苦情が殆どなく、子育て世帯以外の入居者の定着率も良いことは「お互いさまの生活音の受容」が起きていると、渡邉は居住者の受容に感謝している。
「新築信仰」が根深い日本。リノベーションの未来
最後に上井草グリーンハイツの事例を通して、リノベーションの今後について考えてみたい。
国土交通省の「建築年代別の住宅ストック総数」によると、2018年時点で居住されている住宅ストック総数は5362万戸、1980年以前に建築された住宅ストックは1160万戸となり約5分の1を占めている(1980年で区切ってあるのは、耐震基準が1981年に改正されたことによる)。
老朽化対策は待ったなしの状態であるが、日本には「建て直し優先」の文化が主流なのが現実だ。まず、「融資の問題」がある。新築に比べ、リノベーションの物件が融資を受けようとするとハードルが高い。1981年と2000年に耐震基準の見直しが行われており、貸し出す側もどうしても保守的な査定をせざるを得ない。
次に不動産取引も商取引である以上「トータルの金額が大きいほうがいい」という実情がある。少額でリノベーションするよりも、大規模に建て直して売り出したほうが、商売上の旨味も大きいわけだ。
最後は、消費者の「古い建物への造詣と理解」である。上井草グリーンハイツのように、リノベーションにより居住性が大幅に上がるポテンシャルを持つ物件は数多く存在すると思われるが、まだまだ新築・築浅信仰を持つ消費者も多いと思われる。低廃棄、サステナブルが重要となるこれからの時代に消費者側の変化も求められる。
これらは冒頭の『再生リノベーション』セミナーで、創業200年の再生リノベーション企業ヤシマ工業常務取締役、西松みずきが呈示した解決すべき社会課題でもある。建物と対話し、大切に長く付き合うことの重要さをオーナー・融資の貸し手・不動産業界・消費者がそれぞれどう対峙していくか。求められるものは大きい。