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2021.12.08 08:00

空室率60%からの起死回生。築43年「上井草グリーンハイツ」の奇跡

上井草グリーンハイツ竣工当時の外観 写真提供:カウエモン(上井草グリーンハイツ)


低層マンションが森の中で得た「独自の贅沢」


オーナーの渡邉も与件を整理して臼井とともにコンセプトメーキングを進めていった。上井草グリーンハイツの所在する東京都杉並区上井草の一丁目から四丁目の世帯数は約8000世帯、人口約1万6000人(※1)である。居住者の年齢層に偏りはなくファミリー層が多い。町域北部には西武新宿線上井草駅があり、1日あたりの平均乗降客数は約2万1000人(※2)である。また、町内南北を走るバス路線があり、上井草駅とJR荻窪駅を結んでいる。
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渡邉には、上井草地域が子育てに適した地域だという実感があった。比較的平坦な土地には武蔵野の面影が随所に残り、区画整理によって整地された比較的広めの道路は歩車分離するだけの余裕がある。上井草駅の徒歩圏内には4つの高校があり、学区内の公立小中学校は学力テストでいずれも区内トップクラスである。治安もよく、幹線道路から離れているため騒音も少ない。

そして、上井草グリーンハイツには、なんといっても贅沢な敷地面積がある。森の中に低層マンションが建ち、木々を通り抜ける風の音、鳥のさえずりが聞こえ、四季を彩る花々がある。ほかの賃貸物件にはない魅力「建物独自の魅力を売る」にはどうしたらいいか。東京23区、杉並区内で家賃価格帯13万円のスローライフを具現化できる建物として打ち出すには、どうしたらいいかを考えていった。

将棋で得た「新手一生」の読み筋


渡邉は「STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)」の教科書通り、居住者層を見立て、子育て世帯をターゲットにした空間提供・居室設計をするつもりだった。ところが、実際に進めていくと、なぜだろう。なんだかつまらないのだ。
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話は少し飛躍するが、渡邉は将棋好きで小学生時代には埼玉県大会で優勝したこともある。将棋も教科書通り、データ通りに勝負していても、いずれ勝てなくなる。物件においても、同じように差別化が図れなくなっていくのではないかと読み筋を立てていったのだった。

実際、上手くいくビジネスモデルが登場すると必ず追従するプレーヤーが現れる。そして、差別化が図れなくなった結果、価格競争に陥るケースも多い。

──「新手一生」。

渡邉の頭に浮かんだのは昭和の大名人、升田幸三の、この言葉だったのかも知れない。棋士たるもの、過去の連続に甘んじてはいけない。新たな手を編み出してこそ、棋士としての価値がある。そんなことを意味する言葉だ。

「上井草で一番尖がった物件を作りたい。全部同じ部屋ではつまらない。他がマネのできない居室展開をしよう」

※1 町丁別世帯数及び人口(令和3年11月1日), 区民生活部区民課住民記録係, 杉並区
※2 駅別乗降人員, 2019年度, 年度別データ, 西武鉄道
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文=曽根康司 編集=石井節子

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