自宅療養者の支援などコロナ禍での同社の活躍は、時間外救急プラットフォームがいかに重要であるかを社会に強烈に印象付けた。
「あのときは完全に救急医療がまひしていた」
2021年8月20日、新型コロナウイルスの新規感染者数が全国で2万5000人を超える過去最多を記録。この感染拡大「第5波」のなかで、自宅療養者の支援に奔走したのがファストドクターだ。「大変だったのが入院調整。長い人だと1、2週間、自宅で放置されている患者さんがいた。往診で酸素を限界まで投与しても意識が混濁し、救急車に乗せて入院先を探しても決まらないことがありました」と代表取締役医師の菊池亮は振り返る。
16年に立ち上げた同社は、もともと救急医療のプラットフォームとして、症状に応じたトリアージ(緊急度の判定・医療選択肢の選別)や、夜間休日の往診サービスを展開。コロナ禍になって以降は、オンライン診療や自宅で行える公費適用のPCR検査、そして自治体と連携した自宅療養者への医療支援と、未曾有の危機のなかで自社にできる最大限の取り組みを行ってきた。
第5波ピーク時には、多くの医療機関の病床がコロナ患者で埋まり、ファストドクターへの依頼件数も前年比で約10倍、1日に2000件近く舞い込んだ。一刻の猶予もない状況に追われたが、「病床というハードに基づいたキャパシティでなく、オンデマンドな医療体制とDXの蓄積によって、急激な需要の変化になんとか応えていきました」と、もうひとりの代表取締役、水野敬志は話す。
ファストドクターと契約している約1300人の医師と看護師は、そのほとんどが非常勤。往診の際には、移動中にスマートフォンで問診票を確認したり、音声でカルテを入力したりと、診療以外の業務をすべてオンラインで行える仕組みを構築している。コロナ禍では、1件につき20分かかっていた感染者発生届への事務処理を、RPA(業務自動化ツール)を用いて1分に短縮したほか、SMSを使いPCR検査の陰性結果通知を自動化するなど、医療供給側の効率を大幅に改善した。
菊池がファストドクターを起業したのは、大学病院での救急医療の経験がきっかけだ。患者の重症・軽症の区分がなされずに搬送されて供給体制が疲弊したり、救急搬送先が逼迫して患者が重症化したりといった場面を目の当たりにした。「患者さんの受診行動を適正化したい」。その思いで、創業当時は病院勤務後に自ら運転して365日の往診に明け暮れた。
そこに共鳴したのが水野だ。経営戦略やDXに精通する水野は、「残りの人生をかけて挑戦するだけの価値がある」と、17年に自ら手をあげた。あるべき医療の姿を目指す菊池と、それをサステナブルなかたちにする水野の両輪によって、歯車は大きく回り始めた。
第5波は落ち着いたものの、不測の事態はいつまた起こるかわからない。「コミットしてくれる医療従事者をもっと増やしていきたい」と菊池は語る。「25年までに主要な都市部を重点的に、その後は地方や過疎地でも十分なサービスを提供できるようにしっかり体制を固めていきます」。