アマゾン命名の「気候誓約アリーナ」に見た、パーパス・ドリブンな新スポーツ経済圏

(c) Amazon.com

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去る10月下旬、実に2年ぶりとなる米国内出張でシアトルを訪問した。目的は、NHL(北米プロアイスホッケーリーグ)で今季エクスパンション(リーグが参加チーム数を増やすこと)によって誕生したシアトル・クラーケンの新本拠地「Climate Pledge Arena(気候誓約アリーナ)」の視察だ。

いま米国を中心にグローバルで飛ぶ鳥を落とす勢いのOak View Group(以下、OVG)が11.65億ドル(約1340億円)を投じて開発したこの新アリーナは、果たして想像を超える、画期的なスポーツ施設だった。

コロナ禍での感染対策や観戦体験向上における最新テクノロジーの活用など語るべきトピックは少なくないのだが、中でも特筆すべきは、損得勘定を超えた“使命感”に資金やテクノロジーが集結した、新たなスポーツ経済圏の出現だ。

アリーナ竣工に合わせてOVGが開催したカンファレンスにも出席した。カンファレンスでの基調講演は偉い人がつまらない話をするものと大体相場が決まっているが、今回は珍しく例外だった。創業者の一人であるTim Leiweke氏の基調講演が実に力のこもった名演説だったのだ。

「いま気候変動に本気で向き合わなければならないこと」、「コロナ禍で大きな打撃を受けたエンタメ業界の再生を果たさなければならないこと」、「シアトルという街の希望になること」の必要性を訴え、スポーツが率先してリーダーシップを発揮しなければならないことを熱弁した。そこには圧倒的な使命感と熱量をもってプロジェクトに融資する金融機関までをも含めたパートナー企業を巻き込んでいくアントレプレナーの姿があった。

「持てる技術や資金、リソースを気候変動対策にいま使わずして、いつ使うのか──?」 64歳の氏からの問いに、ガツンと頭を殴られた感覚すら覚えた。コロナ禍によるリモートワークが標準化し、足や熱意を使って動くことをほとんど忘れつつあった筆者にとっては文字通り、目の覚めるようなスピーチだった。


Oak View Group CEOのTim Leiweke氏(Photo by Gary Miller/Getty Images)

別のセッションに登壇したシアトル市長や関係者からは、施設保有者としての自治体の覚悟を感じた。Climate Pledge Arenaはもともと1962年に建設されたアリーナを改修したもので、シアトル市が施設を保有している。老朽化が進むアリーナに再びメジャー球団を招致するために(シアトルには2008年までNBAのスーパーソニックスがフランチャイズを置いていたが、オクラホマに移転している)、市が2016年に提示したRFP(提案公募)に参加してきたOVGのプレゼンを聞いて、「この壮大なビジョンと圧倒的な熱量が自分たちの手に負えるものなのか逡巡した」「やるからには最良の結果を求めて覚悟を決めるしかないと腹をくくった」ことを打ち明けていた。

“メインテナントに逃げられた過去”を持つシアトルにNHLの新規参入球団がフランチャイズを置くことに決まったのも、想定外のコロナ禍においても様々な困難を乗り越えて予定通りに竣工に漕ぎつけられたのも、「(商売の先にある)大きなビジョンが解決法を持つパートナーを引き寄せてくれた」からだという。

官民が損得勘定の先にある使命感を共有し、未来の希望に対して逃げずに立ち向かう。言うは易しだが、この不退転の覚悟と盤石な信頼関係がなければ、障害が生じた際リスクの少ない無難な判断に逃げてしまい、エッジの効いたインパクトあるプロジェクトにはならない。新スポーツ経済圏が生まれた背景には、困難に立ち向かう本気のリーダー達の存在がある。


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文=鈴木友也 編集=宇藤智子

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