キャステムという広島県福山市に本社を構える精密金属部品の製造を得意とする会社をご存じだろうか。高い鋳造技術を誇り、大企業からニッチ産業の中小企業に至るまで、幅広く頼りにされている。タイやフィリピンにも大きな工場を構える、地方発の優良企業だ。
最近では精密金属部品のみならず、プロボクサーのマニー・パッキャオや井上尚弥の腕型を完全再現した金属像を製造したり、キン肉マンに登場する人気キャラクターのロビンマスク型の金属マスクを製造したりと、金属加工の技術を生かして話題になる新事業へと領域を広げている。
持ち前の金属加工の技術を生かした事業展開力も面白いのだが、私が注目したのは、この企業が「農業」に参入したということだ。
キャステムは2018年に、沖縄の宮古島に「パニパニファーム」という農場を開き、トマトやメロンの栽培を始める。さらに広島県の神石高原でイチゴの栽培を開始するというかたちで、農業事業に新規参入したのだ。トマトもイチゴも非常に高い糖度で質もよく、すぐに人気となり周囲を驚かせた。
客観的に見てもかなり遠い領域の事業に、同社はなぜ参入し、実績を積み重ねることができたのか。先日、福山にある本社の工場を見学させてもらったときに、戸田拓夫社長に話を伺った。
農業事業にはメイン事業での金属加工の技術があったから参入できたのかというと、まったくそんなことはなかったそうだ。会社幹部が農家で修業をさせてもらいゼロから臨んだ、純粋な新規領域へのチ ャレンジだった、と。
ただ私は、それを可能にした重要な何かがきっとあるはずだと思った。本社の工場を丁寧に見学させてもらったり、社員の方と実際に話をさせてもらったりするなかで、あることに気づいた。
「企業カルチャーの濃さ」が武器に
それは、モノづくりのこだわりが社員の細胞レベルにまで染みわたっている「企業カルチャーの濃さ」だ。一つひとつの精密な金属加工を施すために、毎日のように創意工夫を図り、それぞれの社員が主体的に取り組んでいる姿勢や、技術向上のための飽くなき好奇心など、「もっとよいモノづくりをするにはどうしたらよいか」と探求するカルチャーが行きわたっていたのだ。