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人々はテレビを必要としないだろう

MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ(Photo by Craig F. Walker/The Boston Globe via Getty Images)

「なぜメディアなんていうくだらないものを、大学で研究しなくちゃならないんだ!」
1985年にMIT(マサチューセッツ工科大学)にメディアラボが設立されたとき、大学や産業界からは、こういう反応が多数寄せられたという。現在では「メディア」という言葉があふれ、会社名やサービス名にも使われて、メディアを専門に研究する機関も多々あるが、当時はメディアと聞くと人はテレビを連想し、CMやソープオペラのような低俗番組を大学で研究するのか、という誤解を受けた。

ソフト研究は軽視されていた


メディアラボという言葉は訳せば「メディア研究所」となるはずだが、いまでは「〇〇メディアラボ」と固有名詞のように使われている。当時は、“メディアを研究する”という事自体が理解されず、何か得体の知れない変わった施設ができたと、そのままの通称名として使われるようになったせいだろうが、それは海外でも同様で、メディアラボという言葉が一種のブランド名のような扱いを受けることになった。

なぜそこまでメディアラボが注目されたかと言うと、創設者で初代所長を勤めたニコラス・ネグロポンテ教授が、パソコンやゲーム機が登場したばかりの当時、さっそうと世界中に現れては、21世紀の未来社会はデジタルでどう変わるのかという未来像を饒舌にプレゼンしてまわったからだろう。

特に、「ニューメディア」という名で最初のデジタル革命が起きつつあった日本では、INSやパソコンというそれまでになかった新しいメディアが出てきて、それらがどういう役に立ち、ひいては社会全体をどう変えるのか? という論議が多くされていたが、誰も実際の姿を明確にイメージできないでいた。

未来の家庭や高層ビルの立ち並ぶ都市を想像する絵は多く描かれたが、それらを見てもそこに自分がいるような実感は沸かず、まさに絵空事。(当時やっと出てきたばかりの)携帯電話にしろ、外にまで電話を持っていく必要があるのか? と多くの人は首をかしげていた。しかしその携帯電話も現在では普及し、ビジネスから一般の生活までが大きく変わったことは、歴史の示すところだろう。新しいメディアは、自分がその環境の中に入って使ってみない限り、その可能性や弊害も想像できないものなのだ。

メディアラボでは、パソコンやネットが普及した未来に、新聞やテレビがどう変わるのか、生活やエンタメがどうなるのか、といった実際の状況をデモ(*)という形で見せてくれることが評判になった。それは、ある種のシミュレーションで実際のシステムではないが、仮にでも使って実際に体験してみることで未来を実感でき、よりはっきりとしたビジョンを持てるようになる。

*研究所のモットーは「Demo or Die」。米建国当時の13州の結束を促す「Join or Die」のもじりで、デモできないものは研究に値しないという主張として使われた。

しかし、こうしたユーザーインターフェース(当時はマン・マシン・インターフェース)の研究は、大型コンピューターを中心にした工学系の研究では異端扱いで、実用的なハードウェアを生み出さない研究に意味はないとの批判も多く聞かれた。それは手品のようにトリックを弄しているだけで、大学で行う真面目な研究ではないという見方がされたのだ。情報社会の論議が始まったばかりだったが、まだ表計算やワープロのような実用ソフト以外の、直接効用が理解できない広い意味のソフトやデジタルコンテンツに対する世間の理解は低かった。

コンピューター本体の値段は非常に高かったが、一方でソフトはオマケ扱いの時代。知的所有権やソフトの特許問題などが話題になり始めたばかりで、見えないものの権利や保護をどうするかについて社会的な理解は進んでおらず、業界で自由に売られていたIBMの次期システムのソフトの仕様書を米国で買った日本のメーカーの社員が逮捕されたIBM産業スパイ事件(1982年)では、多くの人が、理不尽な話だと驚く時代だった。

文=服部 桂

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