人に合わせようとするのは、孤独や疎外感に対する心の「防衛反応」だと精神科医の和田秀樹氏は言う。しかし、行き過ぎるとかえってアイデンティティを見失い、孤独感を深めてしまう危険性がある。では、孤独とうまく付き合うためには、どうすればいいのか。
そのコツを、和田氏の著書『孤独と上手につきあう9つの習慣 精神科医が伝えたい 誰にでもある「疎外感」との向き合い方』(大和書房)から読み解いていこう。
孤独に対する3つの「防衛反応」
孤独というものが「自分とは何者なのか」という根源的な悩みから発しているとすれば、私たち人間は本質的に孤独な存在なのだという結論に達せざるを得ません。
運よく自分の天職、生きがい、役割などを見つけたとしても、ふとした瞬間に頭をもたげてくるのが「自分とは何者なのか」という問いです。これは人間として生きているかぎり、逃れられない運命だと言えるでしょう。
ところが、私たちはなぜか自分が孤独であるということをあまり認めたくありません。
成功している人。他人から必要とされている人。いつも友人たちの輪の中心にいる人。家庭が和やかでうまくいっている人。子どもたち、孫たちから慕われている人。こういう、なんだかうまくいっているように見える人からは、孤独の匂いは感じません。自分もそうなりたいと思います。
「あの人はいつも楽しそうに笑っていられていいなあ」このように思い、孤独を感じている自分、寂しさを感じている自分が、少しみじめな気がします。
しかし、彼らも本質的には孤独な存在に違いないのです。単に人より孤独を感じる頻度が少ないというだけにすぎません。それでも私たちは彼らをうらやんでしまう。そして、孤独や疎外感を感じたときには、自分の心の状態を無意識に守ろうとして、精神分析的な用語でいうところの「防衛」というものをおこないます。
この防衛は主に3つの方向性であらわれていると私は考えています。
1つめは、「みんなと同じ」でいようとすること。みんなと同じ音楽を聴いて、みんなと同じファッションをし、みんなと同じテレビを観る。みんながやっていることを自分もやり、みんなと同じ話題で盛り上がる。みんなと同じでいるかぎり、自分は疎外されていないと感じられるわけです。
2つめは、SNSを使って「つながり」を持つこと。ツイッターであれ、インスタグラムであれ、顔が見えないやり取りのぶん、自分がつながりたいときだけつながれるので、気楽にできます。顔の見える直接的な関係よりは"なんとなく"のつながりですが、それだけに孤独を覆い隠す役割もしやすいと言えるかもしれません。
3つめは、ネットやゲームなりに没頭して、ひきこもりのツールとすること。現実社会では疎外感を緩和することが難しいため、SNSのなかだけで閉じこもって、疎外感を感じないようにする。いっぽうでは、仮想空間であるゲームに没頭する人たちも存在するわけです。