主演は、国民的俳優としての地位を不動のものにしたソン・ガンホだ。「タクシー運転手」では、ずるいところもあるが情け深い運転手役を、「パラサイト 半地下の生活」では金持ち一家に入り込む抜け目ない庶民の役をそれぞれ演じるなど、喜怒哀楽の表現に優れた名優として知られる。でも、今回、世宗大王役のソン・ガンホの演技が控えめに見える。「新しい文字など要らない」と抵抗する臣下に頭を下げたり、悩んだりする姿をみせるが、いつもように顔一杯に浮かべた表情の変化やコミカルな動きは見られない。
脚本も担当したチョ・チョルヒョン監督に理由を聞いたら、「泣いたり笑ったりする世宗大王を演じて欲しいと思ったのだが、ソン・ガンホは偉大な王としてのキャラクターも大事にしたかったようだ」と教えてくれた。きっとソンは「偉大な王」という韓国人が持っているイメージを壊したくなかったのだろう。
実際、この映画は、様々な苦労を味わった。映画では、パク・ヘイルが演じた仏教徒のシンミ和尚が、世宗大王を助けてハングル創作に尽力する姿が描かれた。だが、2019年7月に韓国で公開されると「シンミ和尚がハングル文字の創出に尽力した事実はない」として、「歴史の歪曲だ」と非難する声が噴出した。当時は、映画が海外で公開されることについて「歪曲された歴史を広げることになる」と憂慮する声も出たという。
ただ、この映画は冒頭で「これはフィクションです」と断りを入れていた。チョ監督も「不快な思いをした人には申し訳ないと思う」と語る一方、「韓国では李舜臣将軍と世宗大王は侵してはいけない聖域なんです」と語った。
この話をソウルに住む40代の公務員の知人にしてみた。「フィクションだと断っているんだし、様々な視点から史実にスポットライトを当てるのは悪くないんじゃないの」と聞いてみると、「いやいや、歴史をそのように扱ってはいけない」と諭された。知人によれば、朝鮮王朝の歴史を編纂した朝鮮王朝実録は、王の周辺で起きた出来事を客観的に観察した者によって記録された。当事者の王族は3代後になるまで、その記録を見せてもらうことはできないため、客観性が担保されているのだという。知人は「だから実録には信頼性がある。実録と違うことを描くなどとんでもない」と話す。