その理由は、簡単にいえば「今」を反映していないこと。世間一般で支持されたアーティストや楽曲ではなく、大ヒットを飛ばしたわけでもないベテランの白人男性ミュージシャンが受賞してしまうパターンがとても多いのだ。その原因は、高齢の白人男性に偏った審査員の構成にある。
さすがにマズイと思ったのか、主催団体「ザ・レコーディング・アカデミー」は、審査員に占める有色人種や女性の割合を増やして是正に取り組みはじめている。これが功を奏したのか、2021年の最優秀レコード賞の候補になった8曲のうち5曲が女性(うち3人は有色人種)となった。候補曲は下記の通り。
ダ・ベイビー フューチャリング ロディ・リッチ 『Rockstar』
ビヨンセ 『Black Parade』
ミーガン・ジー・スタリオン フィーチャリング ビヨンセ 『Savage』
ポスト・マローン 『Circles』
デュア・リパ 『Don’t Start Now』
ブラック・ピューマズ 『Colors』
ドージャ・キャット 『Say So』
ビリー・アイリッシュ 『Everything I Wanted』
ただし結果を言ってしまうと、逆にグラミー賞が抱える問題を浮かび上がらせてしまったと思う。以下、候補曲を1曲ごとに紹介していきながら問題のありかを書いていきたい。プレイリストと共に、今年のグラミーを振り返る。
ダ・ベイビー フューチャリング ロディ・リッチ 『Rockstar』
同曲は全米シングル・チャートで通算7週連続1位に輝く大ヒットを記録した(Getty Images)
アトランタ発祥のヒップホップのサブ・ジャンル「トラップ」は、現在ヒットチャートで最も支持を集めるポップ・ミュージックである。ダ・ベイビーはその中でも人気が高いラッパーで、この曲も純然たるトラップ・チューンだ。
タイトルの「ロックスター」は「昔のロックスターのように豪快に遊ぶ」転じて「スーパー遊び人」といったような意味を持つ。
そんな享楽的なこの曲に別の意味が加わったのは、リリースから2カ月経過した7月のことだった。5月に警官に殺されたジョージ・フロイドの事件を機に盛り上がったBLMに呼応して、警察の暴力について言及したリリックを加えた 『BLM (Black Lives Matter) remix』を発表したのだ。こうした社会的な意義に加えビルボードチャートでも1位を獲得するなど、2020年を代表する曲のひとつだったのは間違いないのだが、審査員には響かなかったのか、落選となった。