本の中に「!」や「〇〇のせい」がないワケ
同書を読んだ「繊細さん」の中には、その「読み心地の良さ」に魅了された人も多いだろう。それには理由がある。繊細さんが読むことを想定して作られているため、文章の非常に細かい表現までこだわり抜いて作られているのだ。
一番わかりやすい例が、実用書では多用されやすい「!(びっくりマーク)」が極端に少ないという点だ。これは、強い刺激が苦手な繊細さんのために、極力柔らかい印象をもたせたい、という武田氏のこだわりだという。
「〇〇のせい」や「〇〇してしまう」といった表現をほとんど使っていないのも特徴だ。こうした表現には自責の意味が含まれているため、「繊細な結果出てくる行動がすべて悪いわけではない」、という武田氏が考える繊細さんの前提条件にそぐわない。
また、「生きづらい」という表現を使用しなかったのも、武田氏の意見だった。
「それまでのHSPの本で『生きづらい』は多用されていたので、私もこの言葉を使おうと提案しました。そしたら武田さんに『実際に相談に来る人で、生きづらいと言う人は誰もいません』ときっぱり言われたんです。なるほど、と思い、この言葉は使用しないことにしました。私が繊細さんではないということもあり、言葉や表現のキモの部分を武田さんにお任せすることができたのも、この本が売れた理由の一つではないかと考えています。本って、編集者があまり何もしない方が、上手くいくんですね」と矢島氏は言う。
こうした言葉の表現に対する武田氏の強いこだわりは、「この本をお守りにしています」や「初めて自分をわかってもらえた気がした」といった読者の声につながっている。
まさかのあの人も? 「繊細さん=大人しい」は間違い
ここまでの矢島氏の話を聞いて、この本はやはり、自分を繊細さんだと感じた人に読まれている、ということがわかった。
しかし普段、繊細さんとして生きていると、「周囲に理解してもらえない」と感じたり、自分と似た繊細な感覚を持ち合わせている人は少ない、と感じている人は多いのではないだろうか。それでも、多くの人が同書を手にとったのは、「一見、繊細さんには見えないような人でも、実は繊細さん」の場合があるということなのか?
矢島氏によると、その可能性は往々にしてあるという。「繊細さんと聞くと、大人しい感じの人を想像されがちですが、感度が高いということなので、社交的な繊細さんも存在します」。