こう語るのは、コロナ禍前には、多くの外国人が買い物のために訪れていた東京・上野のディスカウントストア「多慶屋」の従業員だ。
日本政府観光局の発表によれば、10月の訪日外客数は前年同月比98.9%減の2万7400人。冒頭のディスカウントストアでは、2018年11月からAI通訳機の「ポケトーク(Poketalk)」を導入、外国人客の接客に積極的に活用してきたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、インバウンドが激減。外国人旅行客の姿も、店ではまったく見られなくなり、ポケトークの出番もなくなっていた。
そんな逆風のなかで、ポケトークの累計出荷台数が80万台を突破(11月5日現在)、売れ行きを伸ばしているという。日本を訪れる外国人だけでなく、海外に出かける日本人も激減するなかで、なぜAI通訳機に需要があるのか。その裏には、コロナ禍で増加した意外な使われ方があった。
マスクでコミュニケーションが困難に
ポケトークは、日本のソースネクストが開発して、2017年12月から市販している通訳機だ。日本語、英語、中国語など世界74もの言語に対応しており、外国人とのコミュニケーションに便利なスグレものだ。
実は、いま「コミュニケーションの壁」を深刻に感じている人は、日本にやってくる外国人たちや、海外に出かける日本人たちだけではない。日本には約1430万人もの難聴に苦しむ人々がいると言われているが、コロナ禍によりマスク着用が日常化しているなかで、いままでより大きな不便を感じているのだ。
全日本難聴者・中途失聴者団体連合会の「新型コロナウイルスに関する声明」によれば、聴覚障害者の多くは、人の表情や口元の動きを見ながらコミュニケーションを図っているため、相手の表情や口元が見えないマスクの着用は高いハードルになるという。
またソースネクストが、病院で難聴と診断された1000名を対象に行なった調査でも、8割以上が「マスク着用の日常化で会話がしづらくなった」と回答している。
そんななかで、ポケトークの意外な機能が、難聴者のコミュニケーション補助に役立っているという。本来は異言語への通訳機であるポケトークだが、設定を「日本語から日本語へ」にすることで、筆談と同じような用途として使用することができるというのだ。
このような使い方をしている人たちは、ポケトークのユーザー全体の1.5%にあたる約1万2000人もいるという。ユーザーの1人は次のように語る。
「2年くらい前から急速に高度難聴になってしまい、会話は筆記に頼っていましたが、ポケトークが予想以上に便利だったので、とても助かっています」