なぜ、このような演出をしたのだろうか。北朝鮮軍が旧ソ連・ロシア軍の影響を強く受けているのは周知の事実だ。10月10日の夜空を飾った航空ショーの主役は北朝鮮空軍では最新鋭のミグ29戦闘機だった。パレードにも登場した短距離弾道ミサイルは、ロシア軍のイスカンデルのコピーだと言われている。
10日未明のパレードの前に北朝鮮軍の将軍たちと握手する金正恩氏=労働新聞ホームページから
複数の関係筋によれば、ロシアは北朝鮮に対する軍事支援は行っていない。2011年に行われたロ朝首脳会談でも、メドベージェフ大統領は金正日総書記が求めた軍用ヘリコプターなどの供与を断っている。一方、2005年ごろ、北朝鮮がウクライナの科学者らをスカウトしたという未確認情報もある。実際、北朝鮮が2018年3月に開発に成功した液体燃料を使った弾道ミサイル用エンジン(白頭山エンジン)の外形が、ウクライナで製造されたRD-250エンジンに酷似しているとされた。軍服も知ってか知らずか、旧ソ連・ロシアの影響を受けてしまったというのが一番簡単な答えなのだろう。
ただ、もし、そうなら、この演出は北朝鮮の政治路線にそぐわないとも言える。
北朝鮮は建前上、誇り高い「主体(チュチェ)の国」だ。当初は、ソ連の影響を色濃く受けていたが、徐々に距離を置くようになった。パレードが行われた金日成広場にはかつて金正恩氏らが陣取った主席壇の向かい側の建物の側面にマルクスやレーニン、そしてスターリンの肖像画が飾られていた。だが、ソ連と北朝鮮のイデオロギー対立が深まるなか、1960年代にはスターリンの肖像画がまず外された。金正日総書記が金日成主席の後継者として台頭し、父親の神格化を図った1970年代にはマルクスとレーニンの肖像画も金日成広場から消え去った。
金正恩氏は特に自尊心が強く、世界のトップリーダーたちと肩を並べることに執念を燃やしてきた。まさに10月10日の軍事パレードこそ、金正恩氏の趣向に合わせた演出だったと言えるだろう。オペラ歌手とみられる男性による国歌独唱や、北朝鮮軍兵士が使う戦闘服の大幅リニューアルなど、正恩氏があこがれる「世界の一流国」を意識した演出が随所にちりばめられていたからだ。それが、よりによって、ソ連の影響を強く受けていた頃を想起させるような演出では、正恩氏もきまりが悪いだろう。
最近の北朝鮮は、金正恩体制を死守しようと焦るあまり、独裁者の人気取りにつながる演出だと思えば、何でもとびつく傾向がある。金日成主席のまねた正恩氏の服装や体形など、その典型だろう。ここはひとつ、今回の正恩氏のスーツ姿と朴正天、李炳哲両氏の軍服姿は「ソ連(ロシア)を従える北朝鮮」という演出だったと解釈することにしよう。
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