LVMHがティファニーに買収を持ち掛けたのは、新型コロナウイルスのパンデミックが起こる直前である2019年秋のこと。1株120ドルで全株を買うというLVMHのオファーは、ティファニー側によってじりじりと値段が吊り上げられ、1株135ドル、総額で162億ドル(約1兆6000億円)という巨大な買収契約が去年の11月に締結されたばかりだった。
LVMHは宝飾品でのブランド力が弱く、アメリカでは日本や中国などと比べて、ルイ・ヴィトンのマーケティングがうまく行っているとは言い難い。ティファニーの買収は、アメリカの富裕層への訴求を狙ったものだった。
背景には米とEUの関税合戦が
ところが、それと同時期に、アメリカとEUの関税合戦が炎上した。アメリカと中国の利害対立の陰で、アメリカとEUは今世紀に入ってから、エアバスとボーイングの販売競争において、それぞれが「母国」を後ろ盾に醜い争いを繰り広げてきた。が、ここにきてアメリカ側は、エアバスにフランス政府が補助金を与えることを不当だとして、WTO(世界貿易機関)に提訴。2019年の10月には、WTOの承認を得て、8000億円相当のEU製品に関税を課したばかりだった。
勢いづいたアメリカは、続いてドイツやイタリア、イギリス、フランス産のスコッチウイスキーやシングルモルトウイスキー、リキュール、ワインなどのブランド酒(ただし酒はブランドに限ることはなく、2リットルを超えるアルコールの輸入には一律に引き上げる計画)にも25%の関税をかけた。
そして今年の夏、コロナ禍を理由にした国内の雇用対策から、アメリカはさらにこの関税を上乗せし、最高100%もの関税引き上げの検討を発表した。これが実行されると、ブランドバッグとブランド酒の両方を販売するLVMHの打撃ははかり知れなくなる。LVMHが生み出す利益は、コロナで観光客が激減するなか、フランスの有力な外貨獲得手段の一つでもあり、フランス政府がLVMHの後ろ盾に回ったという見方が強い。
8月31日、LVMHはティファニーに「買収を2021年の1月6日まで延ばすように」とフランス政府から行政指導が入ったと伝えたが、ティファニーが契約違反だと反発。すると、LVMHは「フランス政府とトランプ政権の間の貿易摩擦に鑑み、買収にはもう進む意思はない」と表明した。