かつて炭鉱労働者が山へと入る際に、毒ガスの影響を受けやすいカナリアの性質を利用して、先頭を歩く坑夫に鳥かごをもたせた。このことから、「炭鉱のカナリア」とは、人間に迫る危険の前兆を意味している。
冒頭のように述べるのは、オハイオ州立大学の氷河学者イアン・ホワットだ。8月13日に彼を含む国際研究グループが、科学誌「Nature Communications Earth & Environment」で発表した論文によれば、グリーンランドを覆う氷床の溶解はすでに戻れぬところまできてしまっているという。これはグリーンランド周辺の海に流出している200以上の大きな氷河から得られた約40年分の月ごとの衛星データを分析した結果だ。夏の溶解によって失われつつある氷河を取り戻すためには、現在の年間降雪量ではもはや十分ではないという。
2019年にはデンマーク気象研究所のシュテフェン・オルセンらのチームが撮影した、溶け出した水で覆われたグリーンランドの海氷の上を移動する犬ぞりの姿が世界に衝撃を与えた。BBCの報道によれば、この映像が撮影された2019年6月13日に1日に失われた氷は20億トンに相当すると推定されている。
もし地球温暖化が止まっても氷床の縮小は続く?
近年、地球温暖化の影響によってグリーンランドなど北極圏の氷床の融解が進んでいることがさまざまな研究でわかっている。先述したイアン・ホワットらの研究によると、1980年代から90年代にかけては、海に溶けだすなどして失われる毎年の氷の量と降雪量はほぼ均衡を保っていたが、21世紀に入ると氷の消失が加速。毎年約5,000億トンが失われていることがわかった。このあいだ降雪量は増加していない。
オハイオ州立大学のローラ・アーレンシールドはイアン・ホワットらの研究に言及した「Warming Greenland ice sheet passes point of no return」のなかで、グリーンランドの氷河は、不可逆的な転換点を意味する「ティッピングポイント(tipping point)」をすでに通過してしまったという声明を出している。