指摘されているのは、氷河の縮小によってその大部分が深い海の中に潜ってしまうと、水と接触している部分が多くなるため、暖かい海水によってさらに融解が進んでしまうという問題だ。一度「ティッピングポイント」を超えてしまうと、これから人類がどれだけ努力したとしても、元の安定した環境を取り戻すことは難しい。ローラ・アーレンシールドは次のように書いている。
「たとえ人間が奇跡的に気候変動を止めることができたとしても、氷河から海に氷を排出することで失われる氷の量は、積雪から得られる氷の量を上回る可能性が高く、氷床はしばらく縮小し続けることになります」
もし人類が今すぐに地球温暖化を止めることができても、グリーンランドの氷床の縮小はしばらく止まらず、元の状態に戻らないという主張だ。
これに対しては慎重論もある。デンマーク気象研究所のルース・モットラムは、AFP通信に「温室効果ガス濃度がどの程度上昇するかは分からない」として、今回発表された結果は「気温(と温室効果ガスの排出量)を現在のレベルで安定させたとしても、氷床は溶け続けるだろうという話だが、それは氷床の大きさが気候とのバランスを取り戻すまでのあいだだけである」と指摘している。急速に溶け出しているのは海に接している氷床であるため、氷と水との接触がなくなれば、大量の氷の流出はとまる可能性がある。
現段階ではすべての研究者が「ティッピングポイント」に達したと同意しているわけではない。しかし、グリーンランドの氷床融解が地球規模の重大な問題を抱えていることに関しては研究者のあいだで意見が一致している。
グリーンランドの氷床は不可逆的な転換点を超えてしまったのか?(Getty Images)
グリーンランドの氷が溶けたら世界の「砂不足」に恩恵も?
イギリスのリンカーン大学の最新の発表「New Research Reveals Effect of Global Warming on Greenland Ice Melt and Consequences for 21st Century Sea Level Rise」によれば、今後も地球温暖化の傾向が続く場合、グリーンランドの氷床の融解だけで、21世紀末までの世界の海面上昇に与える影響は10~12.5センチになると予測されている。これは、約30年分の科学的データを新たに分析した結果だ。
また地球温暖化によって氷河の融解が加速しているのはグリーンランドだけではない。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2019年、南極の氷などを含む世界の氷河が融解することで21世紀末までに海面は最大で1.1メートル上昇するとの予測を発表している。
仮に1メートル規模の海面上昇が起こると、高潮や洪水によって世界の10億人が危機にさらされ、2億8000万人以上が家を失うといわれている。またそのなかでも南太平洋のツバル、キリバス、インド洋のモルディブといった国々にとっては、国そのものの存亡に影響する。グリーンランドの氷床の問題は地球規模でみれば一刻の猶予も許されない状態だといって良いであろう。