新型コロナ流行で、エコロジカルな好転に
まず、モートンがタイトルでも掲げている「共生(symbiosis)」とはどのような概念なのだろうか。
生物学では、異種の生物が相互的に関係を及ぼしながら生活することを「共生」と呼ぶ。モートンは“The Ecologocal Thought”(2010)において、種子と花粉がそれらを循環させる鳥や蜂と共生している例や、人間の胃がバクテリアやアメーバと共生する例など、世界を構成しているさまざまな共生関係を例示しつつ、あらゆる存在が「網の目」状に関係しあい、共生することによって成り立つ世界像を提示していたのであった。
“Thank Virus for Symbiosis”においても、このような異種の生物が相互的に関係を及ぼし合う「共生」の世界観が引き継がれている。
モートンがエッセイの中で紹介しているユニークな例は、新型コロナウイルスの影響で人間が家に引きこもったことで、人間と動物が共生する生態系が変化し、動物が人間の住む領域にまで戻ってきたという話だ。モートンは「コロラド州ボルダーの街路をマウンテンライオンが歩いている。通常は恥ずかしがり屋で、銃を持った人間の範囲内には入らないのだが」と述べる。
これと似たような現象が世界各地で起きている。例えば英紙ガーディアンは、山から降りてきたヤギの群れがパンデミックで人通りのないウェールズ北部のランディドノーを走り回る様子を伝えている。
さらにモートンは「このウイルスは汚染と炭素排出を大いに縮小させている」とも指摘している。
コロナウイルスの拡大が、企業活動を停止させ、数十億人を自宅にこもらせた結果、中国の湖北省からイタリア北部の工業地帯まで、世界各地の大気汚染レベルが急激に低下したという。
また世界最悪レベルの大気汚染に悩むインドでも、同様の理由で大気汚染が大幅に改善された。CNNによれば、デリーでは規制が始まった初日に微小粒子状物質「PM10」が最大で44%減少し、インド北部からは数十年ぶりにヒマラヤ眺望が可能になった。
今回の大気汚染の緩和は一時的なものにとどまるだろうし、きれいな空気を取り戻すために莫大な経済的犠牲を払って人々の外出を禁じることは得策とはいえない。一方で、WHOによれば、大気汚染に起因する肺がんや呼吸器疾患などで年間約700万人もの人が死亡しているという現実があり、環境汚染問題も深刻な問題であることには変わりはない。
パンデミックがもたらしたクリーンな空は、私たちの企業活動がグローバルな規模で停止されれば、どれほど速やかに大気汚染が改善されるかについて知らしめることになった。新型コロナの死亡率は大気汚染によって悪化するという研究もある。だとすれば、パンデミック緩和後は環境対策をより一層重要視していく必要があるだろう。
インド北部からは数十年ぶりにヒマラヤが見えるようになった(Getty Images)