2019年10月25日、米国を代表するベンチャー・キャピタリストがこの世を去った。セコイア・キャピタルの創業者、ドン・バレンタイン。享年86歳。
「VC業界にとって大きな損失でした。彼の残した言葉は、僕の中で一つの大きな軸になっています。それは、『VCとは、事業を創出する事業で金融取引ではない。会社をつくりあげ、時として新しい産業自体を創出することが我々の仕事なのだ』というものです」
そう語るのは、東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)取締役パートナーの山本哲也。山本にとって、自律制御システム研究所(ACSL)への投資案件は、まさにこの哲学を体現したものだった。
ACSLは、ドローン研究で世界を20年以上リードしてきた千葉大学・野波健蔵教授が13年に創業した大学発ベンチャー。コントローラーなどで操作することなく、自律型で動く産業用ドローンを開発している。山本が同社に投資した16年当時、ドローン市場は中国DJIや仏Parrotなど、一部企業がホビー用途で先行していたが、産業用途ではまだ黎明期だった。
「『空の産業革命』ともいわれますが、日本の先端的な研究と優れた部品を組み合わせて、日本発の新たな産業を創出したいという使命感に駆られました。世界的にも商用分野では米国が大きく突出していない領域で、日本として攻め入る余地があると思ったのです」
ただ、難しい投資になることはわかっていた。大学発ベンチャーにはありがちだが、商品の開発時期や販売の計画が甘く、事業化のノウハウに乏しいという欠点がある。「投資時点の事業計画は9割以上の場合、想定通りにはいきません。今回もその通りでした」。
難局を乗り切るうえでのヒントは、山本が尊敬するもう一人の投資家、KPCBパートナーのジョン・ドーアの言葉に隠されていた。
「それは、『良いベンチャーキャピタリストとは、良いチームの構築と成長をサポートできる人である』こと。映画に例えるなら、起業家は脚本家で経営者は監督、チームのメンバーは俳優で、VCはプロデューサー。我々は、いいキャスティングをして環境をつくることが役割なんです」