スタートアップのすゝめ

Timothy Buerger / timdesuyo.com

先日、ハーバード・ビジネス・スクールの教授であるクレイトン・クリステンセン氏が死去した。彼が1997年に執筆した「イノベーションのジレンマ」は広く知られ、その後のシリコンバレーのテック業界のみならず、世界中のあらゆるビジネス、さらにはそれによってもたらされた経済発展へ、計り知れない影響を与えた。

この著書で彼が語った、既存の企業や市場のルールを破壊して新しいものをつくり出していくという「破壊的イノベーション」の理論は、シリコンバレーに集まるスタートアップの道標となっている。

今日まで多くのスタートアップが、巨大企業が牛耳る既存の市場を破壊し、新しいルールで新たな市場を創造してきたが、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)と呼ばれる現在世界を席巻する巨大なプレイヤーたちも、クリステンセン氏の説く破壊的イノベーションを起こしてきたことで、今日のポジションを確立してきたと言えるだろう。

日本にはいい投資先がない?


私が日本のソニーからの赴任者としてシリコンバレーに渡ったのは1998年、クリステンセン氏が「イノベーションのジレンマ」を著した翌年だった。当時はドットコムバブルの絶頂期であり、ソニーにいた優秀な人材もどんどんドットコムのスタートアップに流れていってしまう状況の真っただ中にあった。

あるパーティーで出会った人は、eBayでエグゼクティブの秘書をやっていたらしいのだが、初期から在籍していたことでストックオプションが付与されており、その後のIPOでミリオネアになって、いまはもう仕事も辞めて優雅に暮らしているということだった。こんな話をシリコンバレーのあちこちで聞かされながら、日本の企業のサラリーマンでも、いつかこんなことがあり得るのだろうかと、ちょっとうらめしく感じていたものだった。

その後、2000年にはドットコムバブルが崩壊し、スタートアップも冬の時代がしばらく続くのだが、シリコンバレーはしぶとかった。その後も、いくつかの波はあったもののスタートアップへの投資は増え続け、現在では200社ほどのユニコーン(時価総額10億ドルを超えるスタートアップ)がアメリカには存在する。

私自身、2013年からはベンチャーキャピタリストとしてスタートアップ投資にかかわり始め、より近いところでシリコンバレーのエコシステムに身を置いてきたが、周囲にはその恩恵にあずかってお金持ちになった人たちがたくさんいる。

翻って、日本はどうだろう? メルカリなどのユニコーン企業が誕生するなど、日本のスタートアップも活気づいてきてはいるが、シリコンバレーの投資家からはほとんど見向きもされていない。日本関連で唯一話題になることといえば、ソフトバンクのビジョン・ファンドくらいだ。

ビジョン・ファンドがシリコンバレーに与えたショックは、それはものすごいものだった。10兆円のベンチャーキャピタルファンドなど前代未聞の規模であり、シリコンバレーのキャピタリストやスタートアップのファウンダーたちは戦々恐々としていた。こんな巨額の資金をライバルのスタートアップに投下されたら勝ち目はない。果たしてその巨大マネーは多くのシリコンバレーをはじめ世界中のスタートアップに投下された。

Uber、WeWork、OYOなど巨額の軍資金を手にしたスタートアップは、赤字を垂れ流しながらも、一気にアクセルを踏み成長していった。

現在のところ、あまりうまくいっているとは言えないこれらの投資が正しかったのかという結論は未来に譲るとして、問題なのは、日本のソフトバンクが組成したファンドであるのに、日本のスタートアップにはまったく資金が行かなかったという事実である。ソフトバンクの孫さんは日本にはいい投資先がないと言っている。

文=村瀬功

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