ポスト・ネット時代、Z世代にプライバシーはない?

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かつてパソコンが普及し始め、「マルチメディア」などという言葉が流行った1980年代末、迫りくる21世紀の輝かしい未来への期待が語られる一方で、米グラフ誌「LIFE」に「2000年に消えるもの」という特集が出ていた。

デジタル化によってアナログのLPレコードやカメラのフィルムがなくなるという卑近な事例と一緒に、“共産主義”や“セックス”なども上がっており、ちょっと違和感を覚えたものだった(しかし直後にベルリンの壁は崩壊した。またその中に“雑誌”はなかったが、2007年にはその「LIFE」が休刊になった。自らの運命には思いが及んでいなかったのだろうか?)。

新製品が続々と出されれば古くなったモノは市場から消え去る運命で、社会制度や組織、価値観までもが時代に合わないと変更・破棄されることは、歴史のダイナミズムそのものだろう。どんなに人々に愛されていても、消えるものは消えてしまうという悲しい運命がそこには待っている。

しかしそういう話も個人にとっては別の意味を持つ。人生で初めて出合った素敵なモノや人のことを、他人の評価がどうであれ、時代遅れだろうがなんだろうがずっと忘れられずひいきする、「初恋症候群」(First Love Syndrome)という言葉もあるぐらいだ。

1980年代にワープロ専用機で原稿を書いていた頃には、パソコンのワープロソフトに馴染めなかった。使っていた富士通のモデルは普通のキーボードとは違う、「親指シフト」と呼ばれる特殊な文字配列だったが、慣れると使いやすくて、そのキーボードで打たないとまともな文章が書けないような気さえしていた。

現在も中高年以上の人は、過去の歴史や状況を振り返るときに「テープを巻き戻す」と言ったりするが、これはテープレコーダーが一般的だった時代の話で、若い人には意味不明だろう。ある時代に当たり前の表現も、新しいメディアが出てくることで文脈が分からなくなり、時代遅れの死語と化すものだ。
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文=服部 桂

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