ネット時代のプライバシー
最近になってもそうした事例は後を絶たない。人権と同一視されるほど普遍的な権利と思われてきたはずなのに、「プライバシーは死んだ」という言葉がメディアで流れており、グーグルの元会長エリック・シュミットやフェイスブックのCEOマーク・ザッカーバーグなども、ソーシャル・メディアの時代にはプライバシーが有名無実になってしまうことを認めているのだ。
こうした発言が飛び出すのは、これまで当たり前だと思っていた個人の秘密や日々の行動が、監視カメラやSNSなどを通して広く世間に流れて、個人がストーカーにあったり批判されたり詐欺の対象になったりする例が後を絶たないからだ。
特にGAFAと呼ばれるネット世界を支配する米企業は、世界中の利用者の個人情報を元にビジネスを行っており、そのスケールは従来の国家のレベルを大きく超えた世界的なものになっている。フェイスブックの利用者は24億人に達しようとしており、数だけでみれば中国やインドを超える世界最大の人口を誇るバーチャル国家を形成している。
こうしたアメリカ勢の台頭に神経を尖らせるEUでは近年、欧州域内の個人情報をそのまま持ち出すことを禁じる一般データ保護規制(GDPR)を制定している。実はこれは戦後ずっと続く欧米間の経済戦争の覇権争いを引き継いだもので、それに先立つ1995年のEUデータ保護指令以前の1970年代にも、データベースの米国集中によって国際通信回線が遮断されてしまえば情報断絶危機が起きると、通信主権を確保するための越境データ流通(TDF)問題が起き、同様の論議が行われていたことが思い出される。
GAFAは利用者のプライバシーを守り、個人情報を適切に運用することで各人に合ったより良いサービスを提供していると主張するが、集められた何千万人もの情報がコンサル会社によって勝手に米大統領選に利用されたり、エドワード・スノーデンがNSAやCIAが世界中のネットのメールや電話などを傍受していたことを暴露したりすることで、ネット時代に世界中の人々のプライバシーが脅かされていることが明らかになっている。
1971年にベトナム戦争の秘密文書が暴露されたペンタゴン・ペーパーズ事件では、印刷された全100万語7000ページのうち2000ページ以上をコピーして持ち出すという離れ業でニューヨーク・タイムズのスクープが実現したが、現在ではこうした情報の移動は小さなメモリー素子で一瞬で行える。どんな情報も分け隔てなくネットで全世界に瞬時に広まる時代には、プライバシー問題も従来とは違う発想で臨まなくてはならなくなった。