瓦解寸前。熱海で築86年の元旅館を蘇らせた「キュレーションホテル」とは?

「熱海 桃乃八庵」のリビング・ダイニングルーム。伝統技術を生かし、モダンなスタイルに生まれ変わった空間


荒れ果てていた「マイナス物件」

下の写真のうち、改修前後の建物外観を見ていただきたい。「桃乃八庵」に生まれ変わった建物は、約330平米の元旅館だ。改修前は、5年間放置されていて、風雨の影響で腐食が進み、ボロボロだったという。おまけに耐震基準も満たしていなかった。

改修のハードルは高く、一般的には買い手がつきにくい物件だったが、インテリアデザインの激戦区であるロンドンで活躍していた澤山は、昭和8(1933)年当時の面影を残す「意匠があまりに美しい」と、この建物に一目惚れした。

ロンドンでは築150年の家を改装して住み、築数百年の建物の修復プロジェクトもこなしてきたため、日本でも古い建物を救いたいという使命感に突き動かされたというのだ。


改装前の建物外観。古い旅館の面影が残る


改修後は、うぐいす色のシンプルな塗り壁に(筆者撮影)

とはいえ、ここまでの道のりは想像以上に困難を極めた。まず、大手の不動産屋2社からさらりと工事を断られたのだ。ロンドンでは一般的に、修復や改装をする際には伝統的な工法を守る。だが、日本では新しく開発し、認めた工法でしか保証ができないというのだ。

また古くからの意匠が残る一部の壁を残したまま、大規模な間取りを変更しながら耐震改修を行う方法が、なかなか理解されなかった。

最初の難関をどのように突破したのだろうか。澤山は「まさに、灯台下暗しだった」と振り返る。以前から付き合いのあった熱海の小さな工務店が、優秀な大工や左官、建具、洗いの伝統的な技術をもつ職人たちを抱えていることを知り、説得したのだ。

その熱意が伝わり、日本で一般的になったはめ込みが中心の「乾式工法」ではなく、職人の手仕事の温もりが感じられる「湿式工法」が実現した。

職人からの提案も多くあった。例えば、85年前当時から残る左官の塗り壁は、職人から、高度な左官技術を残したいと進言されたという。通常の耐震改修では、土壁を掻き落として柱に筋かいを特殊な金具で固定し、石膏ボードをかぶせていくが、それでは左官の壁が失われてしまう。

重要文化財の耐震改修も手がける建築家と話し合い、意匠をもつ壁をそのまま残し、耐震のため土台からもう一枚の壁を作る「二重壁工法」を採用することにした。この初めての耐震の工法により、熱海市から認可をもらい、耐震基準を満たすことができた。


壁と天井の解体後の写真

リビングルームで印象的な梁の大木は、1本ずつ洗いという伝統的な手法を施し、柱の色を揃えたという。大工による手で取り壊した100平米から出た梁は、うねりを生かしながらスライスし、巾木とした。

このほかにも、棚版や洗面カウンターの板には、熱海で山の間伐を手がけるボランティアグループ「熱海キコリーズ」と彼らの師匠の木こりが切り出した檜材を使用し、地元の人たちとの協働で生み出された。
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文=督あかり 写真=本人提供(筆者撮影以外)

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